第107章

院長はひどく狼狽していた。

『薄原様、こ、これは……』

薄原川人は眉をわずかに寄せ、二ノ宮原子へ近づく。手を伸ばした、その瞬間――。

ぱんっ。

二ノ宮原子の平手が、薄原川人の頬を容赦なく打った。

薄原川人は固まった。周囲の人間も、息を呑んで動けない。

『二ノ宮さん、いったい……』

二ノ宮原子は両手を背中側につき、身を支える。

『薄原川人……卑怯者。最低』

薄原川人は驚くほど落ち着いていた。口の端の血を指先で拭い、何事もなかったように視線を戻す。

殴られたのが自分ではないみたいに。

その静けさが、逆に怖い。二ノ宮原子の背筋に、ひやりとしたものが走った。

『騒ぐのは、そこ...

ログインして続きを読む