第5章

A市の空はまだ深い紺色で、夜明け前の薄闇に、山々のシルエットがようやく見える程度だった。マイナス二十度の寒さの中、私は重いダウンコートに身を包み、か弱い体は風に揺れていたが、その瞳は揺るぎない決意に燃えていた。

「希美、お母さん、日の出を見に連れてきたよ」私は空に向かって囁いた。その声は、唸りを上げる風にかき消されそうなくらいか細かった。

化学療法の副作用でめまいと吐き気がし、息をするたびにナイフで肺を切り裂かれるような痛みが走る。それでも私は、三時間も待ち続けていた。娘のやりたいことリストの最初の願い――日の出を見ること――を叶えるために。

突如、地平線に最初の金色の光が差し込んだ。

「見えた! 希美、見える?」私は叫び、涙が瞬時に頬を伝い、凍って結晶になった。

金色の光が絹のように空に広がり、太陽は巨大な火の玉のようにゆっくりと昇り、雪を頂いた山々を茜色と金色に染め上げていく。震える手でスマートフォンを掲げ、録画する。「希美、あなたが見たがっていた日の出よ。きれいでしょう? お母さんが代わりに見てあげたから……」

声は感極まって震え、涙が止めどなく溢れた。「お母さんとお父さんと一緒に日の出を見たいって言ってたわよね。今、お母さんが三人を代表して来ているの。私一人だけど、天国から見えてるでしょう?」

日の出は三十分ほど続き、私は足の感覚が完全になくなるまで、その場にずっと立ち尽くしていた。

帰りの飛行機で、私はついに倒れた。客室乗務員が意識のない私を発見した時、私の顔は紙のように真っ白で、口の端には血が滲んでいた。

「お客様! お客様!」

乗務員はすぐに地上の医療サービスに連絡を取り、着陸すると同時に私は病院へと救急搬送された。

「末期の肺がん患者が、こんな体に負担をかけるようなことをしては絶対にいけません!」斉藤先生は私の検査結果を見て、厳しい口調で言った。「肺はひどく損傷しています。このまま治療に協力しなければ……」

「先生、私にはあとどれくらいの時間が残されていますか?」私は不気味なほど落ち着いた目で、先生の言葉を遮った。

「現在の状態では、正直に申し上げて、お時間はあまり長くないと思われます。具体的な日数をお伝えするのは難しいのですが、このままでは数週間から長くても一ヶ月程度かもしれません」医者はため息をついた。「ただ、適切な緩和ケアを受けていただければ、少しでも楽に過ごしていただけるかと思います」

私は首を横に振った。「その必要はありません。私には、やり終えなければならない大切なことがあるんです」

私が退院を強硬に主張したため、医者は説得を諦め、痛み止めを処方するしかなかった。

病院を出て、私はスマートフォンを取り出し、リストに残された四つの願いに目をやった。お父さんの大好物のおにぎりの作り方を覚えること、小さな茶トラの猫を飼うこと、遊園地の観覧車に乗ること、そして、お父さんのためにあの小さな常夜灯を完成させること。

「あと四つ。お母さんが全部、叶えてあげるからね」

みすぼらしいアパートに戻ると、私は夢中でおにぎり作りを始めた。化学療法のせいで手は震え、具材をを切っている時に誤って指を切ってしまい、血が具材に滴り落ちた。

「だめ、やり直しだわ」私は傷口に絆創膏を貼り、次の具材に取り掛かった。

十数個作った後、ようやく満足のいくものが一つできた。きれいに並べられたおにぎりを見て、私は満足げに微笑んだ。「希美、お母さん、お父さんの大好物のおにぎり、作れるようになったよ。彼がもう食べることはないかもしれないけどね」

次に、ペットショップへ行って小さな茶トラの猫を引き取り、『ミカン』と名付けた。

「ミカン、あなたが希美の代わりに、お母さんのそばにいてくれるのよ」私は温かい子猫を抱きしめ、久しぶりに心からの笑みを浮かべた。

ミカンは私の悲しみを察したのか、腕の中で静かに丸くなり、小さな肉球でそっと私の顔を撫でた。

希美の遺品を整理していると、偶然、彼女の学習用タブレットにまだバッテリーが残っていることに気づいた。フォトアルバムを開くと、思いがけず隠しフォルダを見つけた――『お母さんへの言葉』。

最初のビデオをクリックすると、希美の無邪気な顔が画面に現れた。

「お母さん、内緒でビデオを撮ってるの」七歳の娘がカメラに向かって愛らしく微笑んだ。「お母さん、いつもこっそり泣いてるでしょう。私が寝たふりをしていると、お母さんが泣いてる声が聞こえるんだ」

心臓を万力で締め付けられるような感覚に襲われ、涙が瞬く間に溢れ出した。

「お父さんがきれいな女の人と話しているのを聞いたの。私のこと、お父さんの子じゃないって。どういう意味かわからないけど、お母さん、私は気にしないよ。だってお母さんのことが一番大好きだから」

「お母さん、知ってる? 私、お父さんがおうちに帰ってきて、一緒にいてくれたらいいなって、すごく思うの」希美の瞳は無邪気な希望に輝いていた。「お父さんが帰ってきたら、お母さんはもう泣かないよね?」

続くビデオは、さらに私の心を打ち砕いた。希美は、こっそり作っていた父の日のプレゼント――あの小さな常夜灯――を披露していた。

「お父さんは暗いのが怖いって言ってたから、一番きれいな常夜灯を作ってあげたいの」少女は真剣な眼差しで部品を組み立てていた。「お母さん、お父さんは私のことあんまり好きじゃないみたいだけど、それでも何かしてあげたいんだ」

「先生が言ってたの。人に優しくすれば、その人も優しくしてくれるって」彼女は無邪気に瞬きした。「お父さんがこの常夜灯を持っていれば、もう暗闇を怖がらなくなるだろうし、そしたら……そしたら、私のことも少しは好きになってくれるかもしれない」

最後のビデオでは、希美が父の日に悟を驚かせようと計画している様子が映っていた。

「明日は父の日だから、お父さんがいない間に常夜灯を完成させて、書斎に置いておきたいの」希美の小さな顔は興奮で上気していた。「お母さん、お父さんがプレゼントをもらって喜ぶところが見たいの。私が絵をあげた時にお母さんが喜んでくれるみたいに!」

「お父さんが喜んでくれたら、おうちに帰ってきて一緒にいてくれるようになるよね? そしたら、お母さんももうこっそり泣かなくなるよね」

ビデオはそこでぷつりと途切れた。

私はタブレットを握りしめ、声を上げて泣きじゃくった。「希美、全部知ってたのね……。彼が私たちを愛していないってわかっていたのに、どうしてそれでも……」

私は心の痛みをすべて吐き出すかのように、心の底から泣いた。娘はずっと、この家庭の真実を知っていたのだ。それでもなお、あの冷たい父親を純粋な心で愛し、小さな常夜灯一つで彼の愛を得られると信じていたのだ。

翌日、私は弱った体を引きずって遊園地へ向かった。これが願いリストの最後の項目――観覧車に乗ることだった。

チケット係は私の青白い顔色に気づき、心配そうに尋ねた。「お客様、体調は大丈夫ですか?」

私はかろうじて弱々しく微笑んだ。「大丈夫です。娘が、観覧車の一番高いところで願い事をすると、それが叶うって教えてくれたんです」

ゆっくりと上昇していく観覧車のゴンドラの中、私は一人で座り、眼下に小さくなっていく街を眺めていた。一番高い場所に到達したとき、私は目を閉じ、手を組んだ。

「希美、お母さん、今、観覧車の一番高いところにいるよ。あなたが言った通り、天国に一番近い場所」私はそっと囁いた。「あなたの代わりに願い事をしてもいい? お父さんが幸せになりますように。そして、もう暗闇に悩まされませんようにって」

風が私の顔を撫でた。まるで娘が応えてくれているかのように。私は目を開け、果てしない空を見つめた。「そして、私たちも早く天国で再会できますように。今度は、お母さん、もうあなたを一人にしたりしないから」

観覧車はゆっくりと下降していった。私は娘の最後の願いを叶えた。五つの願い、すべてを。

アパートに戻り、私はミカンと一緒に窓辺に座り、夕日を眺めていた。もうほとんど話す力も残っていなかったが、その瞳には穏やかな解放感が宿っていた。

「希美、お母さん、もうすぐ会いに行くからね」私は優しくミカンの毛を撫でた。

突然、スマートフォンが見知らぬ番号からのメッセージで震えた。「東山悟様の弁護士です。重要な件で、中村さんとお会いしたいとのことです」

私はそのメッセージを見て、苦々しく微笑み、首を振った。「遅すぎるわ。何もかも、もう遅すぎる」

私はためらうことなくメッセージを削除した。これ以上、希望と失望に耐える力は、私にはもう残っていなかった。

悟視点

私は私立探偵のオフィスに座り、受け取ったばかりの調査報告書を手にしていた。

「中村玲奈、末期の肺がん、推定余命一ヶ月未満」探偵の声が部屋に響いた。「病院の記録によると、彼女は一切の積極的治療を拒否しています」

私の手は制御不能に震え始め、報告書が指の間から滑り落ちた。

突然、ぼんやりとした映像が頭をよぎった――優しく微笑む女性。だが、その顔ははっきりせず、声も聞こえない。この既視感が、頭に突き刺すような痛みを走らせた。

「末期の肺がん……一ヶ月……」私はその言葉を繰り返し、胸に説明のつかない痛みがこみ上げてきた。

なぜこのニュースを聞いて、これほど苦しいのだろうか。桃子の話では、玲奈は金目当てで俺に近づいてきたただの女のはずだ。せいせいすべきなのに。だが今、あの女が死にかけていると思うと、何かが胸を圧迫し、呼吸が苦しくなる。

私は頭を振り、報告書を手に急いで外に出た。

豪邸に戻り、書斎に座ると、希美の笑顔が絶えず頭をよぎった。あの子……桃子は俺の子ではないと言っていたが、なぜあの子の写真を見ると、いつも心が痛むのだろうか?

俺の記憶は砕けた鏡の破片のようだ――ある部分は水晶のように鮮明で痛々しいほど鋭く、ある部分は現実だったのか疑うほどにぼやけている。

報告書の最後の一文が、ナイフのように俺の心を切り裂いた。「患者は家族との面会を拒否し、残された時間を静かに過ごしたいと表明している」

私は椅子に崩れ落ち、もし何もしなければ、本当に何か大切なものを永遠に失ってしまうかもしれないと、ふと悟った。

だが、それは何だ? そして、俺はどうすべきなんだ?

すべてが俺を混乱させ、苦しめた。この感覚は三日三晩続き、ついに耐えきれなくなった俺は、答えを求めて病院へ行くことを決意した。

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