チャプター 6
マルティネス家は、ブラウン家に対して何度も縁談の話を持ちかけていた。
だがブラウン家はいつも話題をはぐらかし、ビアンカの立場を公に認めようとしなかった。
とりわけウィリアムは、この件で年長者たちと口論になったとも噂されている。
それでも――いま、彼はここにいる。
ウィリアムはチェイスの言葉などまるで気にしていない様子だった。笑みを崩さないまま、言葉だけが刃のように鋭い。「あまり露骨に言いたくはないが、聞かれた以上は正直に答える。人の居場所を奪って成り代わるようなやつが、俺の妻になる資格はない。だが俺の婚約者はそうじゃない。だから別に気にしない」
「あなた……」
これは、誰の目にも明らかな侮辱だった。
ビアンカの顔は瞬く間に真っ赤になり、涙が今にもこぼれそうになって、膝が崩れ落ちかけた。指先は食い込むほど強く掌を握りしめている。
怒りに燃え、心の中でウィリアムを千回呪った。あんな田舎者が、自分と比べものになるはずがない。だが結局、何も言い返せなかった。
脚を折っていようと、ウィリアムは依然として天に愛されたような存在で、下手に敵に回せる相手ではない。
エイヴァは一瞬ためらったが、歩み寄ってビアンカの頭を慰めるように撫で、それからチェイスに目配せした。
周囲にはまだ使用人がいる。ここでウィリアムの発言を否定しなければ、ビアンカは二度と社交界に顔向けできなくなる。
チェイスは金縁の眼鏡を直した。「ビアンカは幼いころから大切に育ててきた娘だ。マルティネス家の者にとっては、血のつながった子と何も変わらない。ウィリアム、今後はそういう言い方は慎め」
ウィリアムは、どちらとも取れる調子で頷いた。
だが、彼女は違う。血のつながった子以上に――。
「それと、さっきの話だが、私は賛成できない。アメリアは田舎から連れ戻したばかりだ。母親も私も恋しくてたまらない。家に置いておくのがいい。それに、君たちはまだ結婚していない。不適切だ。母のことなら、私には私のやり方がある。だから心配はいらな――」
「パパ」
女の声が会話を遮った。
ビアンカが一歩前に出て、チェイスの腕に自分の腕を絡める。甘く、気遣うような声だった。
「パパ、アメリアを行かせてあげたら? ブラウン家の旦那さまと一緒に過ごして、関係を築けるし。そうしないと、明日おばあさまが目を覚ましてアメリアを見たら、きっと不機嫌になってパパを責めるわ。自分を傷つけるって脅すかもしれないし」
ウィリアムは脚を折ってから、人前では穏やかで柔らかい印象になったと聞く。けれど実際は粗暴で、使用人に手を上げることも多いらしい。アメリアが行けば、面白い見ものになる。
ほくそ笑む気配がビアンカの目にちらりと走り、すぐに隠された。「どう思う、パパ?」
アメリアは背後で黙って立っていた。まるで、自分の行く末が話し合われているとも思っていないかのように。
チェイスは幼いころから育ててきたビアンカを一瞥し、さりげなく腕を引いた。眉が一瞬だけ曇り、スーツの襟元を軽く整えると、声が冷たくなる。「よくない。アメリア、こっちへ来い」
それは、まるでペットを呼ぶような仕草だった。
彼は尋ねた。「どうしたい。マルティネス邸に残るか、それともブラウン家の屋敷へ行くか」
チェイスが自分の意見を求めるとは、アメリアは意外に感じた。だが迷いはなかった。
アメリアは言った。「マルティネス邸に残ります」
チェイスは少しも驚かなかった。車椅子のウィリアムを見やり、「ウィリアム、今のを聞いただろ。アメリアは自分で残るって決めた。俺が代わりに決めたわけじゃない」と言った。
ウィリアムは軽く返した。「分かったよ。じゃあ、無理に押しはしない。ただ、アメリアが何か困ったことにぶつかったら、俺に電話するのを忘れるな」
そう言うと彼は電話番号を口にし、アメリアに連絡先へ追加するよう促した。それから車椅子の向きを変え、満足げに去っていった。
ビアンカはその場に立ち尽くし、一部始終を見つめながら、奥歯が砕けそうなほど噛みしめていた。
よそ者がいなくなると、チェイスはアメリアを深く見つめ、「あとで使用人に部屋へ案内させろ」と言った。
ビアンカが進んで名乗り出た。無理に笑みを作り、仲のいい姉のふりをしてアメリアの手を引く。「私が連れていくわ。場所、知ってるもの」
そこはもともと客間だった。
温かみのあるしつらえで、壁は淡い桃色。片側の壁一面に人形が並んでいた。
中に入った途端、ビアンカは猫をかぶるのをやめた。アメリアの手を放し、蔑みをたたえた目で、嘲るように言う。「ここにいられるのがいいことだなんて思わないで。いつか必ず、来たときと同じように出ていく羽目にしてあげる」
アメリアは落ち着いたまま返す。「ええ。その日が楽しみね」
ビアンカは怒りもしなかった。ただ鼻で笑って出ていった。威勢のいいことは言えても、結局痛い目を見るのはあちらだ。
鬱陶しい相手が去ると、アメリアはベッドに腰を下ろした。柔らかなマットレスがふわりと弾み、なかなか心地いい。灯りを消し、毛布にくるまって眠りに落ちた。
翌朝。
アメリアはマルティネス邸の小さな庭で、朝日を正面に受けていた。軽く数周走り、それから空いた場所を見つけて拳の稽古を始める。
一つひとつの動きは切れ味よく、迷いがない。
それは幼いころから身についた癖だった。
「すみません、床を掃かないといけませんので」
アメリアは眉をひそめ、別の場所へ移った。
「すみません、もう一度」
黙ったまま、また場所を変える。
「すみません……」
「確か、さっきここ掃いたわよね」
アメリアは目の前の使用人を冷ややかに見た。
使用人は言った。「動けと言ったら動くんですよ。何をそんなに気にするんです? 田舎者のあなたがマルティネス家に戻ったくらいで、何かがひっくり返るとでも? マルティネス家のお嬢さまはお一人だけ。ビアンカ・マルティネス様です」
アメリアは尋ねた。「あなた、名前は?」
澄んだ瞳が矢のように使用人を射抜き、表情は読み取れない。
それでも使用人は圧に呑まれ、冷や汗が滲み、視線を合わせられなくなった。
くそっ。どうして田舎女がこんな迫力を……チェイスみたいじゃないか。
使用人は強がって返す。「名前なんて、知ってどうするんです?」
アメリアは淡々と言う。「解雇するためよ。だって私の体にもマルティネスの血は流れてる。父にあなたをクビにしてって頼んだら、聞くと思う? それとも、あなたの大事なマルティネスお嬢さまが泣いて助けを乞うかしら」
使用人は青ざめた。「そ、そんなつもりじゃ……ただ、あなたが戻ってから家の中がめちゃくちゃで……ビアンカ様が……」
アメリアが言った。「あなた、クビよ」
唐突な言葉が会話を断ち切り、二人は声のしたほうへ顔を向けた。
そこには背の高い男が立っていた。長い脚に、整いすぎるほどの体躯。柱にもたれるようにわずかに身を預け、いつからそこにいたのか分からない。
