チャプター 8
「マヤ・マルティネス!」背後からメイソンが声を張り上げた。
アメリアはようやく悟った。きっとこの人が、メイソンの双子の妹――マヤ・マルティネスなのだ。
マヤは振り返るとメイソンをきっとにらみつけ、相手にすることもなく、職員に指示を飛ばしてメイベルを部屋へ連れて戻らせる段取りを整えた。
それから、アメリアを見た。
マヤがアメリアを観察するのと同時に、アメリアもまたマヤを観察していた。
マヤは仕立てのいいレディーススーツに身を包み、髪を高くまとめ、いかにも仕事のできる落ち着きを漂わせている。
だが、その顔に残る若さの柔らかさが、彼女が実際にはどれほど若いのかを否応なく告げていた。氷の刃のような視線を向けたまま、マヤは言った。
「おばあさまに、あんな口の利き方をするべきじゃないわ」
さらにマヤは続ける。
「おばあさまが昔どういうことをしたにせよ、この家の当主であることに変わりはないの。今はもうお年寄りよ。あなたは年長者として、言葉を慎みなさい」
アメリアは言い返さず、ただ意味ありげに口元を歪めてみせた。
年長者? どんな「年長者」が、あんなふるまいをするっていうの?
エヴリンの名さえ出さなければ、好き勝手言えばいい。だがそれを持ち出すなら、アメリアの胸には反撃したい衝動が湧き上がる。
必要なら、また同じことをしてやる。
少し離れた場所――階段を半ばまで上ったメイベルは、そのやり取りを一言残らず聞いていた。
メイベルが言った。
「マヤ、あんな子に口を費やすことはないわ。理解できないのよ。あんな余所者をマルティネスの一員だなんて、私は決して認めない……孫娘としてもね。私の孫娘は、あなたとビアンカだけよ。二度と私の目の前に現れないようにしなさい。目障りだわ」
見ているだけで、メイベルの血が煮えたぎるのがわかるほどだった。
マヤはため息をついたが、何も言わなかった。メイベルが上階へ消えたあと、マヤはアメリアのほうへクレジットカードをひらりと投げ、アクセスコードも添えて言った。
「これは私の予備カード。戻ったばかりでしょう。落ち着くまで、何かとお金が要るはずよ」
そう言い残すと、アメリアが受け取るかどうかなど意にも介さず、さっさと去っていった。
だが、メイソンはまだ立ち去らなかった。
先ほどの出来事のせいで、彼は剥き出しの怨嗟を宿した目でアメリアを睨みつけた。
メイソンは警告する。
「アメリア、好きに遊べばいい。でも、あと始末をマヤが引き受けてくれるなんて期待するな」
彼とマヤは双子で、昔からいつもつるんでいた。二人が唯一一致していたのは、ビアンカへの共通の軽蔑だ。子どものころから、あいつのことなど眼中になかった。
メイソンは続けた。
「マヤは仕事で手一杯だ。おまえも二十代なんだろ。姉の尻拭いをさせるな。さもないと、俺が相手になる」
アメリアはあくびを噛み殺しながら言った。
「そんなに過保護だったなんて知らなかった。びっくり。人気モデルは妹にだけ甘いってわけね」
メイソンに本気の悪意がないことは、アメリアにもわかった。ただマヤへの激しい忠誠心があるだけだ。
メイソンは目をぐるりと回し、机の上に小ぶりで上品な箱を置いて言った。
「帰宅祝いだ」
そして見るからに動揺した様子で、足早に去っていった。
アメリアが箱を開けると、繊細な腕時計が収まっていた。朝の光を受けて、きらりと眩く輝く。
双子というのは、どうにも侮れない。
そしてメイベルには――しっかり自分の存在を見せつけてやるつもりだった。
アメリアの笑みには、いたずらっぽい光が宿る。
彼女をよく知るエヴリンがこの表情を見たなら、アメリアが何かを企んでいると一目で見抜いただろう。
マルティネス家には伝統があった。家で眠った者は、翌朝必ず朝食の席に起きてこなければならない。
それは厳格に守られていた。
メイベルも同席せざるを得なかった。
翌朝、アメリアは早めに食堂へ行った。メイベルはすでにそこにいて、最愛の孫娘ビアンカと一緒だった。ビアンカはというと、メイベルを笑いの渦に巻き込むのに夢中で、食堂には明るい空気が満ちていた。
アメリアは大胆にも、メイベルのすぐ隣の席を当然のように占めた。
メイベルの表情が一瞬で険しくなる。振り向くなり言った。「あんた、何をしてるの。どきなさい! 席なら向こうにあるでしょう」
アメリアは平然と答えた。「嫌。あなたの隣で食べるのが好きなの。そうすると私、嬉しいんだもの」
メイベルは言葉を失った。
ほかの者たちは黙々と食事を続け、物音ひとつ立てるのを恐れていた。メイベルの怒りが自分たちに飛び火するのが怖かったのだ。
メイベルは吐き捨てるように言った。「あんたの顔を見てるだけで腹が立つわ。向こうへ行きなさい、目に入らないところへ」
アメリアは言い返した。「むしろ、私がいるだけでそんなに苛立つなら、なおさら見ておいたほうがいいんじゃない?」
メイベルはカトラリーを卓上に叩きつけ、立ち上がって出て行こうとした。
ビアンカが慌てて支えるように追いかけ、深く咎める目つきでアメリアを見た。「本当に、アメリア。おばあさまを敬うべきよ……あんな言い方、するものじゃないわ」
アメリアは小さく笑った。学ばない人間は、どこまでいっても学ばない。
「アメリア、あなた。私は実の母親ではないけれど、それでも年長者よ。あなたは若いのに、気性が荒すぎるわ。おばあさまはお年で、体調も良くないのに、どうしてそんなふうに怒らせるの? もし外に知れたら、私たちは街中の笑いものよ」向かいの席で、穏やかな顔立ちの女が口を開いた。
言い終えると、その隣の男がすかさず続けた。「まったくだ。田舎から来たからって、礼儀作法じゃビアンカには到底かなわない。見てみろ、ビアンカはいつも俺に挨拶もきちんとして、祖母孝行だ。お前のために、あんな良縁まで手放したんだぞ。それなのに感謝もできないのか? お前はビアンカとは似ても似つかない」
二人は交互にアメリアを叱りつけ、ビアンカを持ち上げていった。
アメリアはそれを聞き流しながら、ゆっくりとスープをよそった。
黙ったままの彼女を見て、ノーラン・マルティネスとエリザベス・マルティネスは目を交わし、うまく脅しが利いたと思い込んだのか、いっそう得意げになった。
ノーランはチェイスとアヴァに向き直り言った。「アメリアを躾けるべきだ。できないなら、何年か海外に送って礼儀を学ばせろ。家で恥をさらされちゃ困る。それに、こっちにはビアンカがいる。娘はもう一人いらないだろう。俺の言うとおり、ビアンカを娘だと公表しておけばよかったんだ」
チェイスは急いでミルクを飲み干し、口元を拭って立ち上がると、ネクタイを整えた。「アメリアを海外には出さない。あの子はマルティネス家の人間だ。若くて少し衝動的なだけだ、私が教える」
鞄を手に取り、出て行く構えを見せたが、ノーランは焦った。
ノーランは声を荒げる。「マルティネスだろうが何だろうが! あいつが戻ってから、母さんは怒りで二度も気絶して、『二度と顔も見たくない』と言っている。あいつのために母さんと縁を切るつもりか? 誰に育ててもらったと思ってる。自分と暮らしてもいない子どものために、母さんとの関係を壊す気か?」
チェイスは眼鏡を直し、底の見えない目でノーランを見据えた。「ずいぶん熱心だな。余計な口出しはするな」
「おまえ……」
食堂がしんと静まり返り、皆がノーランの出方をうかがって張りつめた。
そのとき、使用人が入ってきた。「マルティネス様、ブラウン様がお見えです」
