第2章

佳奈視点

「安藤先生、頭がすごく痛いんです。診ていただけませんか?」

私は「か弱い乙女」の演技を全力で炸裂させていた。声はあえて震わせ、効果てきめんな上目遣いでまつげをパチパチと瞬かせる。この瞬間のために、たっぷり一時間かけて準備をしたのだ。体のラインを強調する胸元の開いたカシミヤのセーターに、美脚を惜しげもなくさらす黒のミニスカート。メイクだって、純真無垢な大きな瞳を演出するために気合を入れた完璧な仕上がりだ。

直樹はクリップボードから顔を上げ、私をイラつかせるあの氷のように冷徹な表情を向けた。場所はミルブルック総合病院の救急救命室。タイミングは完璧に見計らったつもりだ――火曜日の午前十時、普段なら閑散としている時間帯だ。

「水島さん」

叫び出したくなるほど事務的で平坦なトーン。

「今日はどうされましたか?」

(水島さん、だって?)

冗談じゃないわよ。同じ屋根の下で暮らしてるってのに、赤の他人みたいな扱い? いいわよ、そう来るなら受けて立つわ。

私は昼ドラの大女優さながらに、手の甲を額に当ててみせた。

「頭がガンガンするんです、先生。今朝から始まって、もう死にそうで……」

少し前かがみになり、セーターの胸元の特等席を彼にチラつかせる。

「先生なら、楽にしてくれると思って」

ほんの一瞬、彼の視線が下に向き、すぐにまた私の顔へと戻った。

(見たわね。このムッツリ色男め)

だが甘かった。彼はすぐさま完全な「医師モード」に切り替え、ペンライトを取り出した。

「吐き気は? めまいや、視界がぼやけるといった症状は?」

「少し、めまいが……」

私は嘘をつき、一歩踏み込んで彼の腕に指先を這わせた。彼がライトで瞳孔を確認している隙をつく。

「それに最近、すごく……気が張りつめていて。想いを寄せる相手と一緒に住んでいると、どういうことになるか……わかりますよね?」

彼はまるで感電でもしたかのように後ずさりし、ペンライトを消した。

「症状から判断するに、水島さん。まずは安静にして、十分な水分補給をお勧めします。もし症状が続くようなら、精神科を受診してみてはいかがでしょう――ストレス性の案件はそちらの管轄ですので」

私は目をパチクリさせ、あんぐりと口を開けた。

「……は?」

「不安が身体症状として現れることはよくある話です」

氷のように冷淡な声。

「お大事に、水島さん」

そう言い捨てて、あのクソ野郎は私を追い払ったのだ。精神科に行けだと! 彼の気を引こうと頑張ってるイケてる女子大生に向かって、頭のおかしい患者扱い?

私は恥ずかしさと怒りで頬を真っ赤に染め、診察室を飛び出した。

(あいつ、マジで私のこと頭がおかしいって言った? あの人でなし!)

復讐のシナリオを練りながら廊下を怒り心頭で進んでいると、ナースステーションから話し声が漂ってきた。私は足を緩め、壁に張り付いて聞き耳を立てた。

「……あーもう、安藤さんってマジで超イケメン」

そう言ったのは彩。彼に熱を上げている赤毛のナースだ。

「昨日の休憩室での彼、見た? あのスクラブ姿、もはや犯罪レベルよ」

「彩、いい加減諦めな」

笑い飛ばしたのは里奈。思ったことをズバズバ言うラテン系の彼女だ。

「ここのナースの半分はアタックして、全員撃沈してるじゃん。先月の沙耶香のこと覚えてる? あの子なんて体当たりで迫ったのに、空気みたいにスルーされてたし」

これは聞き捨てならない。私はさらに身を乗り出した。

「もしかして、ゲイなのかな?」

彩が期待を込めた声で言う。

「いや、それはないでしょ」

里奈が返した。

「単に理想が高いだけよ。自分と釣り合うレベルの女を待ってるの。ほら、例えば新任のドクター、森山沙織とかさ。あの二人なら、納得って感じじゃない?」

胃のあたりがズンと重くなった。

「森山……沙織?」

「そうそう!」

彩が甲高い声を上げた。

「彼女こそ彼にぴったりよ。実家は太いし、金髪の超美人で、腕利きの外科医だし。二人の子供ができたら絶対可愛いって」

「それに、彼女のパパって東海岸の病院の半分に顔が利くんでしょ」

里奈が付け加える。

「まさに最強のパワーカップルじゃん」

ボディブローを食らった気分だった。そりゃあ直樹だって、あんな女を選ぶに決まってる――洗練されてて、成功してて、私みたいな大学出たての「棒っきれ」なんかじゃない女を。

(ふん、知ったことか)

家に着く頃には、私の頭は混乱の極みだった。リビングでパパと麗子さんがスーツケースを手にバタバタしているのにも、危うく気づかないところだった。

「佳奈! ちょうどよかった」

バッグのジッパーを閉めながらパパが呼んだ。

「お前と直樹に話があるんだ」

「どうしたの?」

二人のピリピリした空気を感じ取り、私は尋ねた。

「仕事でトラブル発生よ」

麗子さんが時計をチラ見しながら言う。

「博さんが抱えてるフィラデルフィアの案件――合併話が泥沼化しちゃって。私も同行するわ」

「どのくらい?」

「二週間、もしかしたらもっと長引くかもな」

パパは白髪交じりの髪をかき上げた。

「急な話だが、クライアントが大口でね」

麗子さんは真剣な顔つきで、私の両手を握りしめた。

「いい、佳奈ちゃん。私たちがいない間、直樹と協力して留守を守ってね。二人が時々ぶつかるのは知ってるけど、今はもう『家族』なんだから」

『家族』、ね。はいはい。もし彼女が、自分の息子に対して私が抱いてる不純な妄想を知ったら、卒倒するでしょうね。

「心配しないで」

私はとびきり可愛い笑顔を作った。

「直樹と私、お互い『懇切丁寧に』面倒見合うから」

ハグと山のような言いつけを残して二人が嵐のように去ると、家の中は急に広々と、空っぽになった気がした。私はキッチンを行ったり来たりしながら、頭の中で作戦を練った。彼と二人きりの二週間。あの高慢ちきな女医より私の方がずっとイイ女だって証明するには、十分な時間だ。

六時頃、彼の車が戻ってくる音がした。ショータイムの始まりだ。

すでに勝負服には着替え済みだ。想像の余地を残さないほど薄手の白いタンクトップに、お尻がはみ出しそうな極小のデニムショートパンツ。「棒っきれ」なんて呼ばせるもんですか。無視できないほどの曲線美を見せつけてやるんだから。

彼は疲れ切った様子で入ってきた。黒髪は乱れ、灰色の瞳が部屋を見回す。その視線が私の上を一瞬走り、すぐに冷蔵庫へと向かった。

「病院、大変だった?」

私は何食わぬ顔で尋ね、カウンターの上にひらりと飛び乗った。ブラブラさせる美脚に気づかないわけがない。

「ん」

彼は唸るように答え、ビールを一本掴んだ。

「でさ、直樹」

私は何気ない風を装った。

「彼女とかいないの? 病院で面白い噂聞いちゃったんだけど。森山さんと直樹がどうとか……」

効果はてきめんだった。彼は振り返り、片眉を上げた。

「噂?」

「ナースたちが言ってたわよ。二人はお似合いのカップルだって」

私は彼の表情の崩れを見逃すまいと観察した。

「どっちも医者で、家柄も良くて。相性バッチリじゃんってね」

彼はゆっくりとビールをあおり、その冷ややかな瞳で私を値踏みした。そして唐突に瓶を置くと、カウンターに座る私の目の前まで歩み寄ってきた。

心臓が早鐘を打つ――ついに来た! 顎の無精髭が見えるほどの至近距離。彼の手が私に向かって伸びてきて……

あろうことかその最低男は、私のタンクトップのストラップを直し、肩の位置まで引き上げたのだ。

「棒っきれ」

彼は淡々と言い放った。

「もっと食え。痩せすぎてて色気がないぞ」

私の顔が一瞬で沸騰した。

「その呼び方やめてよ! それに痩せてなんかないわよ――出るとこはちゃんと出てるんだから。Cカップの胸に、丸いお尻、くびれたウエスト。どこが棒っきれよ!」

彼は一歩下がると、まったく動じた様子もなく言った。

「興味ないな、棒っきれ」

そう言い捨ててビールを手に取り、部屋を出て行ってしまった。後に残されたのは、カウンターの上で怒りに震え、プライドをズタズタに引き裂かれた私だけ。……次の一手、絶対成功させてやるんだから。

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