第2章
美和視点
昨日の亮との喧嘩の後、数日は平穏に過ごせるかと思っていた。けれど、翌朝には寮の部屋の外から、聞き慣れたノックの音が響いた。
「美和? 亮だ」
ドアを開けると、彼はスターバックスの朝食袋とピンクのバラを手に、申し訳なさそうな笑みを浮かべて立っていた。
「昨日のこと、謝りたくて。カッとなっちゃって、悪かった」
私は朝食を受け取りながら、片眉を上げた。「誰に教わったの? バラで謝るなんて」
亮は顔を赤らめた。「ぼ、僕が自分で考えたんだ。ちゃんとしないとって思って」
「へえ、本当に?」
ちょうどその時、階段の角から紗奈が姿を現した。顔には甘い笑みを貼り付けて。
「なんてこと、亮くん、本当にやったのね!」彼女は手を叩いた。「美和はピンクのバラが好きだって言ったでしょ! 謝るには赤いバラよりずっといいって」
私は思わず噴き出しそうになった。
亮は気まずそうだ。「紗奈、言うなよ……」
「え?」紗奈は無邪気に瞬きした。「ただ二人に仲直りしてほしかっただけよ。昨日の夜、亮くんがどうやって謝ればいいかわからないって私のところに来たから、私が提案したの……」
「紗奈」亮が素早く彼女の言葉を遮った。
でも、もうわかってしまった。この謝るは、紗奈が書いた脚本通りの芝居なのだと。
「なるほどね」私は亮を見つめた。内側から怒りがこみ上げてくる。「つまり昨日の夜、私の扱い方についてあの子に相談しに行ったってわけ?」
「いや、美和、違うんだ、説明させてくれ……」亮はパニックに陥った。「ただ、どうすればいいかわからなくて、それで……」
「それで幼なじみにご相談、と?」私は冷たく笑った。「亮、あの女が私自身より私のことを知ってる、とでも思ってるの?」
まったく、この男の頭の中はどうなっているんだろう。
紗奈が「思いやり深く」割って入った。「美和ちゃん、亮くんを誤解しないで。昨日の夜、彼は本当に自分を責めてて、カッとなるんじゃなかったってずっと言ってたの。彼があまりに可哀想だったから、私が美和ちゃんの好きな朝食とお花を買っていったらって……」
あの口ぶり.......まるで私の好みはすべてお見通しだと言わんばかりの、母親気取り。キモイ!
「どうして私の好きなものがわかるの?」私は彼女の目をまっすぐ見つめた。
「だって……ルームメイトだもの。もちろん気づいてるわ」紗奈の声はぎこちなかった。「女の子同士って、そういうものでしょ?」
気づいてる? ストーキングの間違いじゃないの。
まあ、いい。このレベルの策士と口論しても、疲れるだけだ。
「わかったわ」私はこの茶番を打ち切り、無理に笑顔を作った。「朝食ありがとう、亮。それから紗奈、アドバイスありがとうね。みんながそんなに気を遣ってくれたんだから、仲直りしましょ」
亮はほっとした顔になった。「本当? もう怒ってないのか?」
「怒ってない」私は言った。心の中で付け加えながら、こんな馬鹿げたことに時間を無駄にしたくないだけ、と。
紗奈の目には一瞬、失望の色が浮かんだが、彼女はすぐに気を取り直した。「よかった! じゃあ今日はショッピングに行かない? 週末だし、桜原丘に新しいお店がオープンしたのよ……」
数時間後、私たちは桜原丘のショッピングセンターにいた。
最初の一撃は、すぐにやってきた。
「亮くん、これどう?」紗奈は高価なシルクのスカーフを手に取り、鏡の前でポーズをとった。
「綺麗だね」亮は頷いた。
「私の目に合うかしら?」彼女は希望に満ちた目で彼の方を向いた。
私はその芝居を脇から眺めながら、居心地の悪さを感じていた。
「お客様、彼女さん、とてもセンスがいいですね」店員が亮に言った。
「あ、いや、彼女は僕の……」亮が説明を始めた。
「彼が言う通りなんです!」紗奈が突然、恥ずかしそうに、そして媚びるような声で割り込んだ。「亮くんは昔からセンスがいいんですよ」
心臓がずきりと痛んだ。彼女は誤解を解かなかったのだ!このくそビッチ!
私の冷たい視線に、亮は何かを悟り、慌てて言った。「実は、僕の彼女は美和で……」
紗奈は笑って手を振った。「大丈夫ですよ! よく間違われるんです。たぶん、亮くんと私は一緒に育ったから、距離が近すぎるんでしょうね」
またそれだ! 彼女はいつもその「一緒に育った」っていうカードを切る。私は心の中で呆れ返った。
しかし、本当に傷ついたのは亮の反応だった。彼はその誤解を気にする素振りを見せなかった。むしろ、それを……楽しんでいるようにさえ見えた。
第二の一撃は、間髪入れずに続いた。
次の店で、紗奈が鮮やかな青いトップスを手に取り、私に渡してきた。「美和、これを試してみて。こっちの色の方が肌の色に合うわ」
「私は黒の方が好き」と私は言った。
「黒は地味すぎるわ。亮くん、どう思う?」彼女は彼に同意を求めた。
亮は黒い服を見て、それから紗奈の手に持つ青い服を見て、数秒間ためらった。
「僕は……紗奈の言う通りだと思う。青の方が本当に君に似合ってる。それに紗奈はファッションに詳しいから、彼女のアドバイスはたいてい的確なんだ」
手は空中で凍りついた。
付き合い始めた頃、亮はいつも私のセンスが好きだと言ってくれた。私の服の選び方は個性があっていい、と。それが今では? 彼は私よりも他の女の方が、私に何が似合うか分かっていると思っている。
ないがしろにされた感覚が心に突き刺さったが、私は次の打撃が来るまで感情を抑え続けた。
メンズ売り場で、亮が何気なくネイビーのブレザーを手に取り、鏡に当ててみた。
「この色、いいな」と彼が言った。
紗奈の目が輝いた。「なんてこと、覚えてる? 卒業舞踏会で、まさにこの色を着てたじゃない!」
亮は動きを止め、それから彼の顔に懐かしむような温かみが浮かんだ。「そうだった! あのネイビースーツ……」
「あの夜、すごく緊張してて、三回も着替えてやっと満足したのよね」紗奈は楽しそうに笑った。「最終的にあの服を選んだのは、私だったんだから」
「はは、ああ、みんなにハンサムだって言われたよ」亮の目は思い出でキラキラしていた。
「だって、本当にハンサムだもの」紗奈はくすくす笑った。
私はまるで部外者のように、そこに立っていた。くそ幼馴染.......
二人は共有された記憶に浸り、その両方の目には私には到底理解できない光が宿っていた。それは幼なじみのものであり、長年の友情のものであり、部外者である私が決して立ち入ることのできない領域だった。
「それにあの時……初めてのデート、覚えてる?」紗奈はミステリアスに微笑んだ。「お花を選ぶのも手伝ってあげたわよね」
「言うなよ……」亮は気まずそうにしながらも、ちらりと私の方を見た。
心臓を殴られたような衝撃だった。初めてのデート? 誰との?
「誰との初デート?」私の声は冷静に聞こえたが、内心は動揺していた。
亮の顔が真っ赤になった。「それは……高校の時の話で……」
「里奈とでしょ?」紗奈が「無邪気」に付け加えた。「覚えてるわ……」
めまいがした。
つまり、亮が他の女の子とデートする時、紗奈は準備を手伝っていたのだ。彼の服を選び、花を買うのを手伝い、彼のすべての恋愛関係で世話を焼いていた。
そして私は? 今朝の謝罪でさえ、彼女の指導の賜物だった。
突然、私はこの一年がどれだけ本物だったのか疑問に思い始めた。私は亮に恋をしていたのか、それとも紗奈が作り上げた「完璧な彼氏」のイメージに恋をしていたのか? その考えに吐き気がした。キモイ!
「美和? 大丈夫?」紗奈が心配そうに私を見たが、彼女の目に一瞬、満足の色がよぎるのを見逃さなかった。
もういい。
私は二人を冷たく見つめた。心の中の最後の希望の火花が消えていく。
「二人で買い物続けて」私は服を元に戻した。「疲れたから、帰る」
「美和、待って……」亮が追いついてきた。「怒らないでくれ、僕は……」
「怒ってないわ」私は立ち止まり、冷たい笑みを無理に作った。「続けて。あなたの『美しい思い出』を楽しんで」
「美和、落ち着いて聞いてくれ……」亮は必死に説明しようとした。「それは全部過去のことなんだ……」
「過去?」私は軽く笑った。「でも、その話をしてる時、あなたの目は輝いていたわ」
亮は口を開いたが、言葉が見つからなかった。
彼の気まずそうな表情を見て、私の心に湧き上がったのは怒りではなく、深い疲労感だった。
「美和」
「説明は要らない」私は冷静に彼を遮り、背を向けた。「あなたの言う通りね。私には本当に少し距離が必要みたい」
「美和!」亮が後ろから呼びかけたが、私は足を止めなかった。
今度こそ、私は振り返らずに歩き去った。
