第16章

「離婚には同意しない」

低く沈んだ声。疑いようのない断言だった。

「青美。俺がサインしない限り、この結婚は終わらない」

鈴木青美はその手を振り払うと、振り返って一度だけ彼を見た。

「じゃあ、やってみて」

そう言い捨て、彼女は歩道へ出てタクシーを止める。ヘッドライトが夜霧を裂き、青美は振り返りもせずに乗り込んだ。ドアが閉まる音。車はそのまま夜の中へ溶けていく。

早村謙介はその場に立ち尽くし、遠ざかるテールランプの方向を、いつまでも見ていた。

川風が冷たい。

皮膚の上を刃物みたいに撫でられ、身体の芯まで冷え切っていく。

――半山の別荘。

早村瑞子はスマホの画面を睨みつけ、怒り...

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