第34章

向かいのほうから、かすかに女の声が聞こえてきた。何を言っているのかまでは判然としない。けれど、早村瑞子の声だとすぐわかった。

さっきまで鈴木青美に何か言いかけていた早村謙介は、その瞬間みるみる顔色を変え、挨拶すら間に合わないまま、足早に立ち去っていった。

鈴木青美が階下に降りた頃には、早村謙介の姿はもうない。伊藤夕子が不満げに口を尖らせ、ぶつぶつ言っている。

「せっかく帰ってきたのに、来たと思ったらすぐ出ていくんだから。まったく……自分の旦那も引き留められない人もいるのにね」

「いい加減にしろ」

早村元太郎が不機嫌そうに彼女を睨み、声を落として叱りつけた。

「そもそも、あの時お前...

ログインして続きを読む