第56章

 早村謙介は、ほとんど逃げるようにその場を離れた。

 一階のリビング脇にある共用の洗面所まで駆け込み、ようやく足を止める。

 冷水を両手ですくい、そのまま勢いよく顔へ叩きつけた。

 ひやりとした刺激に、ぶるっと身体が震える。こんがらがっていた思考も、ようやく少しだけ輪郭を取り戻した。

 だが顔を上げ、鏡に映るひどく青ざめた自分を見た途端、さっきの光景がまた鮮明によみがえる。

 自分が近づいたことも、かけた言葉も、それだけで鈴木青美が堪えきれず吐き気を催した――あの一幕が、どうしても頭から離れなかった。

 彼は、せめてできる限り償おうとしてきた。時間さえ経てば、少しずつでも薄れてい...

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