第84章

鈴木青美は伊藤靜美の腕にそっと絡みつき、人波に紛れて搭乗ゲートへ向かった。

そのとき――背後で、どっと騒がしい声が弾けた。誰かが揉めている。いや、殴り合いだ。

すぐに空港警備員の怒鳴り声が飛ぶ。

『やめろ! 押さえろ!』

『やめなさい! ここは空港だ!』

ざわめきの渦の中、しゃがれた、追い詰められた男の声が突き抜けた。

『止めるな! 女房が逃げたんだ! 俺は探しに行く!』

青美の心臓が、ひゅっと一拍抜けた。

反射的に振り返る。

磨りガラス越しに見えるのは、ぼやけた人影が固まっているだけ。それでも――あの声は。

早村謙介……?

「青美、どうしたの?」靜美が振り向く。

青...

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