第86章

そのとき彼が考えていたのは、落ち着いたタイミングを見計らって鈴木青美と静かな夕食をとり、いい酒を一本開けて――できるなら、ちゃんと話をして、ここしばらくの張りつめた関係を少しでもほどいてみせることだった。

柔らかな灯りの下で、彼女が久しぶりに笑ってくれるかもしれない。そんな場面まで、勝手に思い描いていた。

けれど、その酒は買ってきたきり、車の後部座席に放りっぱなしになった。

もう少し待とう。仕事が落ち着いたら。青美の気持ちが安定したら――。

そうやって先延ばしにした末に待っていたのは、お婆さんを危うく自分のせいで死なせかけた現実と、鈴木青美の冷え切った背中だった。

……これ以上ない...

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