第1章

 群れの奴隷になって六年目。銀の鎖に繋がれて六年。そして今日、ついに終わった。アルドリックの群れの負債は全額完済。ケイルの狼殺しの解毒薬も、署名が入って引き渡し完了。

 けれど、私が小瓶を差し出しても、ケイルはちらりと見ただけで、机の上に置き直した。

「俺、実際には毒なんて盛られてないんだ、セレン。両親も死んじゃいない。六年前のローグ襲撃――あれを仕組んだのは俺だ。あの夜に傷ついたのは、お前だけ」

 そして私の伴侶、アルドリック・ヴァンスが、まるで自分の番だと言わんばかりにその後ろへ回り込んだ。

「俺も群れでの地位を失ってない。お前に『夜勤だ』って言ってたのは、あの地下の巣でお前と一緒に寝たくなかったからだ。屋敷に帰ってた」

「本当は、あと三年はやるつもりだった」彼は付け足す。「でも、お前の皮膚にまで銀の匂いが染みついた。ケイルも俺も、もうお前と同じ部屋にいるのも耐えられない」

 私の手は、負債の領収書の上に置かれたままだった。動かし方を忘れてしまったみたいに。

 ケイルが私の指の下から領収書をすっと抜き取り、机脇の屑籠に放り込んだ。

「それから、口座は空だ。鎖に繋がれて稼いだ札は全部、お前の名義で群れの金庫に戻しておいた。襲撃で死んだ狼たちへの賠償としてな。お前の死産の娘の霊への、和平の捧げものだと思え」

 彼は、ほんの少しだけ笑った。

「銀の血の金は穢れてる。俺たちは誰も触りたくない」

 冷たいものが皮膚の下に忍び込んできた。どうしてこんなことをするのか、理解できなかった。

 そこへ両親が部屋に入ってきて、私の中の何かが、ついにぷつりと切れた。

 二人は距離を取って立っていた。まるで感染する何かから身を引くみたいに。

「自業自得よ、セレン。あなたは私たちの血の娘という立場を盾にして、ヴェスパーを何度も苦しめた。私たちは、あなたに行儀を覚えさせたかっただけ」

「今ここで誓いなさい。二度とヴェスパーに危害を加えないと。そうすれば、まだ私たちの娘でいられる。誓えないのなら、この群れはあなたを永久に勘当する」

 言葉が落ちた後の沈黙の中で、私はコートのポケットに折り畳んだ紙があるのを感じた。

 群れの医師による診断書。日付は昨日。残り二十四時間から四十八時間。

 今日ここへ来る前、私はそれで十分だと思っていた。アルドリックの負債を返す。ケイルの解毒薬を買う。あとは、なるようになる。

 頬の内側を噛みしめ、血の味がするまで耐えた。

 二十四時間、か。なら、二十四時間でやり切ってやる。

 アルドリックは、私が何も言わないのを見て取ったのだろう。前に出て、頬を伝う涙を指先で拭った。

「わかったか、セレン? もしお前がヴェスパーと張り合うのをやめていれば。もしお前が彼女を何度も何度も傷つけるのをやめていれば。俺たち三人で、本当の家族になれたんだ」

 私は彼の手を叩き払った。声が、擦り切れたように出る。

「家族なんて言う資格、あなたにはない。襲撃はヴェスパーが――私の娘は、あの子の手で――」

「俺たちの娘は死んでない」アルドリックの声は揺れなかった。「生まれたその夜に、俺がヴェスパーに渡した。だから、起きてもいないことをヴェスパーのせいにするのはやめろ」

 喉が、ぎゅっと締めつけられた。しばらくして、私は無理やり言葉を押し出した。

「……あなた……今、何て言ったの?」

 彼は、私が鈍いと言わんばかりの目で見てきた。

「娘は俺の後継ぎだ、セレン。母親の後ろで銀の鎖を引きずりながら育つのを、俺が許すと思ったのか? ヴェスパーは優しい。辛抱強い。子どもには、そういうものが必要なんだ」

 私は息もできず、硬直した。

 六年前、診療所で目を覚ましたとき、骨は七か所折れていて、腹の中は空っぽだった。アルドリックの目は赤く腫れていた。襲撃は私のせいだと言った――あの夜、巣を出ると言い張ったのは私で、ローグが私のあとをつけて戻ってきたのだと。だから娘は死産になり、両親は殺されたのだと。ケイルでさえ、その悲しみで慢性的な狼殺し中毒に落ちていったのだと。

 診療所は、そのときですら私に選択肢をくれていた。更生を拒み、猶予を受け取り、姿を消す。長くても数か月。私は穏やかに終われたはずだった。

 けれど、ベッドの上のケイルを見た。肌が灰色に変わっていく。夜通し泣き崩れて眠れないアルドリックを見た。私は、二人を置いていけなかった。

 だから私は、残りかすみたいな身体を引きずって六年を生きた。

 全部、冗談のために。

 顎が震えた。目尻に涙が滲む。

「どうして……このまま信じさせてくれなかったの? どうして暗いまま死なせてくれなかったの……?」

「ヴェスパーが、もう一人欲しがってるからだ」ケイルは、それを「ヴェスパーがカーテンを閉めたがってる」程度の調子で言った。

「今度は息子。だが、あいつは昔から体が弱い。自分では宿せない。だから――お前が産む」

 私は彼らを見つめた。初対面の他人を見るみたいに。正気を失った人間を見るみたいに。

「ヴェスパーは十分苦しんできたのよ」母が柔らかく言った。

「私たちは、あの子に望むものを与えたいだけ。あなたにも、ほかの子どもができるわ、セレン。後でね」

 アルドリックが手を伸ばし、子犬を宥めるように私の髪を梳いた。まだ掟を覚えていない子を扱う、あの手つきで。

「それに、お前にとってもチャンスだ。両親に示せる。お前が本当にヴェスパーを受け入れているってな」

 哀れなのはどっちだ。

 小さいころの、あの暗い部屋を私は決して忘れない。ローグの女が火で熱した銀の針を、腕の内側に押し当てた。私が悲鳴を上げ、痙攣するまで。母を呼んで泣くたびに、あの女は笑った。――誰を呼んでるつもりだ、群れのちび助。今ごろ私の娘がお前の母親の愛情をもらってる。息を無駄にするな。

 私はコートの袖をまくり、腕の内側を見せた。銀の火傷跡、古いものも新しいものも――ローグの女につけられたもの、その上に重なった足枷の擦過痕、そして今朝の採血でできたばかりの水ぶくれ。

「もう一回言ってみて。哀れなのは誰? あなたたち全員、私に誓ったでしょう。あのローグと、その私生児の娘に償わせるって。私は二度と追い出されないって――」

「セレン・アシュビー。嘘はやめろ」ケイルが私の腕を払った。

 身体のどこにも踏ん張る力がなかった。よろけて、机の角に腰骨をぶつける。

「ヴェスパーの実母が、臨終の証言を残している。子どものころにお前に手を上げた者などいない。腕の痕は、お前が十代でローグの一味とつるんでいたせいだ。この家に持ち込んだ恥の証拠だ」

 母の口元が歪んだ。

「生まれてから親の巣で育てられなかった子は、秘密ばかり抱えるものね。六年前に下した判断は正しかったみたい。嘘つきに子どもは育てられない」

 私は彼らの目を受け止めた。喉の奥で、熱いものがせり上がってくる。

「じゃあ……ローグの娘なら。育てられるの?」

「もういい」ケイルの声が刃のようにその言葉へ落ちた。瞳が完全に闇へ沈んでいる。

「ヴェスパーにそれを、お前の口から聞かせる価値があると思ってるのか? お前にその権利があると?」

 彼は私の手首を掴んだ。親指が手の付け根の銀の火傷跡へまっすぐ食い込み、強く押し込む。袖口の下に新しい血がじわりと滲んだ。

「六年だ」彼は低い声で言った。

「それでも、お前は何も学んでいない」

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