第3章

 片膝をついた。髪を掴む手は、いっこうに離れない。

「六年も鎖に繋がれて、まだ恥を知らないのか――」

「裏切り者は裏切り者だ――」

「ローグどもをうちの縄張りまで連れてきた――」

 聞き覚えのある声だった。東の巣穴のベータ執行官。母がよく焼き菓子を持たせてやっていた若い狼。八年前、彼らの手は私の腕に回っていた。アルドリックと一緒に暮らしていたあの巣穴へ、箱を運び込むのを手伝いながら。

 肋にブーツがめり込んだ。続けて、もう一発。彼らが私に手を伸ばしたとき、儀礼用の銀の手枷が肌を削り、手首に残った古い枷の火傷痕が縫い目みたいに裂けた。熱い血が掌へと流れ落ちる。

 私は身を丸めた。

 喧噪の上で、どこかからケイルが動く気配が聞こえた――乱闘を止めに入る執行官の、重い足取り。

 間に合わなかった。

「兄さん――」ヴェスパーの声が上ずった。柔らかく、壊れそうで。

「多すぎるの……わたし……わたし、息が……できない――」

 私を取り囲む足音のリズムが変わった。蹴っていた狼たちでさえ振り向く。アルドリックは一度も私を振り返らない。五歩で彼女のところへ渡っていった。

 私は丸まったままだった。銀混じりの血が土の上を、ゆっくりと線になって流れていく。誰も来ない。


 パックの集会所は暖かかった。中央に炉があり、周りに背の低いソファが並ぶ。ヴェスパーは回復のためにそこへ運ばれていた。パックの女家長が三人、彼女を扇いで、こめかみに冷たい水を当てている。

 私は自力で入口まで辿り着いた。かろうじて、だ。

 母は私を見るなり、顔が無機質に固まった。

「その汚い目つき、誰に向けてるの?」

 ヴェスパーはクッションに頬を押しつけたまま、首だけを回して私を見た。濡れた瞳。脆くて、完璧な瞳。けれど、誰にも見られていないと分かると、彼女はすっと起き上がり、部屋を横切ってきた。

 彼女は私の手を取った。指先は温かく、やさしい。慰める姉妹みたいに耳元へ顔を寄せる。

「リヤにはもう飽きたの」彼女は囁いた。

「それに、あなたの臓器もそろそろ限界――ちょうどいいわ。いい子だから、行く前に何か残していって」

 この一時間、私を立たせていたものが、ぷつりと切れた。

 空いたほうの手を持ち上げる。

 私の手が一インチも動く前に、ケイルの掌が頬に叩きつけられた。衝撃で頭が横へ跳ねる。口の中に銅の味が広がった。

「彼女に触れるな」ケイルが言った。

 腰のあたりで、何かが動いた。視線を落とす。

 リヤが私の隣に進み出ていた。両手で、猟師用の銀のニードルの柄を握りしめている。野外で獲物に標を打つためのやつ。六インチの長さで、中空の先端。彼女はそのうち三インチを、私の脇腹に突き立てていた。

 彼女の顔は真っ白だった。抵抗がこんなにあるとは思っていなかったのだろう。

 それでも、手は離さない。彼女は私を睨み上げた。

「うちの母に口答えしないで」

 私は彼女を見た。暗転する前、産室で三十秒だけ見た、あの小さく整った顔を。

「あなたは母親だから守るんだね」私は言った。

「でも、もしあなたの母親が私だって言ったら?」

 父のマーカスが動いた。手にしていたワイングラスが、ためらいもなく私の額へ振り下ろされる。ガラスと銀の縁――あれは儀礼用だ――が眉の上の皮膚を裂いた。血が目の中へ流れ込む。

 リヤの唇が歪む。

「あなたが? 鎖をつけてるくせに。パックの奴隷が母親なら、いないほうがまし」

 ケイルが携帯端末を差し出した。

 映像はすでに再生されていた。あの同じ映像。裏道沿いの木々の中にいるローグが三人。六年前の。

「最後のチャンスだ、セレン。釈明を録れ。さもないと、これをこのパックの全員に回す」

 私は笑った。湿った音になり、涙まで一緒に溢れた。

「嫌」私は言った。

「私が代わりに送ってあげる」

 私は彼の手から端末を取った。ケイルは抵抗しなかった。私が録画アプリを開くと思ったのだろう。

 私は「転送」を押した。「パック連絡先全員」「送信」

 ケイルの顔が凍りついた。

 彼は、あの映像のすべてについて嘘をついていたわけじゃない。ただひとつだけ。男たちは役者ではなかった。彼らはローグだった――本物の紋章の刻印、本物の訛り――国境監視に就いたことのある狼なら、どの一族の連中か分かるはずだ。

 私は端末を彼に返した。

 それから集会所を出た。空き地を横切り、崖沿いに続く小道へ向かう。

 背後で声がするのが聞こえた。アルドリック。母。父。今はケイルまで。

「どこへ行く気だ? セレン、戻れ――」

「あの高さで死ぬわけないだろ、分かってるはずだ。ベータなら境界巡回のたびに、あの倍の高さから飛び降りてる――」

「今夜、このパックに恥をかかせる気か。振り向いてヴェスパーに謝れ。今すぐに」

 風が強まった。パックの医師が下した診断書がコートのポケットから引き抜かれ、横っ飛びに闇へ消えた。木々を背景に一瞬だけ白く舞い、それきり見えなくなる。

 私は縁で立ち止まった。

 振り返って、彼らを見た。

「私の娘。私の六年。そして今夜」私は言った。

「それでも、あなたたちの借りを帳消しにするには足りないなら――これも持っていきなさい」

 彼らの顔が青ざめた。飛びかかってくる。

 私は体を後ろへ預けた。

 落ちた。

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