第3章
【雪乃視点】
私は髪を掴まれ、西園寺麗奈の地下にあるプライベートクラブへと引きずり込まれた。
背後で重厚な鋼鉄の扉が鈍い音を立てて閉ざされ、私の運命は決定づけられた。
「そこへ放り投げなさい」と、麗奈は毒気を帯びた声で命じた。
二人の屈強な用心棒が、巨大なペルシャ絨毯の真ん中へと私を乱暴に投げ飛ばした。
その絨毯は決して柔らかくなどなかった。表面には、鋭く砕け散ったガラスの破片が無数にばら撒かれていたのだ。
鋭利な破片は薄いドレスの生地を容易く引き裂き、私の両膝に深く突き刺さった。
「あっ……!」
息を呑む。鋭く刺すような激痛が、骨に巣食う鈍い痛みを瞬時に上書きした。
麗奈は革張りのソファに腰を下ろし、琥珀色の酒が注がれたグラスを気怠げに揺らしている。
「あんたの妹は私のドレスを台無しにした。私の血筋を侮辱したのよ」
麗奈は嘲笑を浮かべ、真紅のピンヒールを鳴らして近づいてきた。
「妹の借金を代わりに返すために来たんでしょう? なら、さっさと払い始めなさいよ。その床を拭くの。素手でね」
私は、精緻な模様の絨毯の上に散らばる、血まみれのガラス破片を見つめた。
もし拒めば、私の家族は皆殺しにされる。凌也も破滅させられてしまう。
私は震える両手を砕けたガラスの上に置き、床を拭き始めた。
ガラスが手のひらに食い込む。肉が裂ける。瞬く間に血が溢れ出し、絨毯をおぞましい真紅に染め上げていった。
大富豪の妻が犬のように床を這いずり回る惨めな姿を見て、周囲の護衛たちは嘲笑い、蔑みの声を上げた。
私は血の味がするほど強く唇を噛み締め、悲鳴を上げそうになるのを必死に堪えた。
「まだまだ足りないわね」
麗奈は冷酷に言い放った。
彼女はテーブルからクリスタルのデキャンタを手に取った。しかし、中に入っていたのは酒ではなかった。
それは腐食性の強い工業用化学薬品だった。薄暗い照明の下で、微かに白煙を上げている。
「あんたの無惨な姿を見た後でも、凌也がまだあの妹を庇おうとするか、見物ね」
それだけ言うと、彼女は煮えたぎるようなその液体を、私の右顔面に直接浴びせかけた。
喉から引き裂かれるように出た悲鳴は、もはや人間のものとは思えなかった。
目の前が真っ白になるほどの、絶対的な激痛。
皮膚がジュージューと焼け焦げ、弾ける。自分の肉が焼け爛れる恐ろしい悪臭が鼻腔を突いた。
私はガラスの上でのたうち回り、虚空を必死に掻き毟りながら、やめてくれと懇願した。
あまりにも巨大な苦痛。心臓が肋骨を打ち破らんばかりに激しく鼓動し――そして、慈悲深い漆黒が私の意識を刈り取った。
三日後。私は走るバンから、澤田邸の冷たい車道へと放り出された。
顔の半分は、感染症を起こした不潔な包帯で巻かれている。ガーゼからは血液と黄色い膿が滲み出していた。
私はボロボロになった瀕死の体を引きずって階段を上り、玄関のドアを押し開けた。
エントランスホールには、凌也が立っていた。
彼はコーヒーカップを片手に、仕立ての良いいつものスーツを完璧に着こなしている。
ドアの音に気づいて、彼が振り返る。
彼は私の、見るも無惨な、グロテスクな顔を凝視した。
そして――彼は半歩、後ずさりしたのだ。
ほんの半歩。
しかし、そのほんのわずかな無意識の動きは、大槌となって私の心の最後に残った脆い欠片を、粉々に打ち砕いた。
「雪乃……」と、彼は口ごもった。
その声は震えていた。哀れみからではない。圧倒的な嫌悪感による震えだ。
彼は私の美貌を愛していたのだ。今の私を見るだけで、吐き気を催している。
「俺が……世界で一番の整形外科医を雇ってやるから」
彼は唾をゴクリと飲み込み、喉仏を上下させながら嘘を吐いた。
「一生お前の面倒を見るって約束したんだ。だから、ずっと世話をする」
口ではそう言いながらも、彼の両手は体の脇に硬く張り付いたままだった。
一歩踏み出して私に触れることすら、彼にはできなかったのだ。
私は、魂のすべてを懸けて愛した男を見つめた。嘘つきを守るために、私を化け物たちの元へ差し出した男を。
掠れた、壊れたような笑い声が漏れた。
私は一言も発することなく、彼を押し退けて進んだ。
ただ横になりたかった。骨肉腫が私の命を完全に奪い去るのを、静かに待ちたかった。
寝室のドアを押し開ける。
結衣が私のベッドに寝転がり、スマホをいじっていた。
彼女が着ているのは、私のお気に入りのシルクのパジャマ。凌也が結婚記念日に買ってくれたものだ。
私を見上げた彼女は、わざとらしく恐怖に目をひん剥いた。
そして、ヒステリックで悪意に満ちた笑い声を弾けさせた。
「やだ、嘘でしょ雪乃! あんた、すっごい気味が悪い! お化けだって逃げ出すわよ! 凌也さんが吐き気催すのも無理ないわね。あんなの見たら悪夢にうなされちゃう!」
突然、激しい痙攣が胸を襲った。
顔の重度感染症が引き金となり、癌が脊髄を激しく蝕んでいたのだ。
私は背中を丸め、肋骨が木っ端微塵に砕け散るかと思うほど激しく咳き込んだ。
ドロリとしたどす黒い血が唇から噴き出し、高価な無垢材の床に飛び散る。
結衣は大げさに目を剥き、鼻をつまんだ。
「うわ、マジで? まだ悲劇のヒロインぶってるの?」
彼女は心底うんざりしたように鼻で笑った。
「あんたっていつも大げさなのよ、雪乃。仮病はもうやめて、そこ掃除してよ。気持ち悪い」
高熱と、骨が砕けるような痛みと、静かな絶望。その苦痛の靄の中で、幾日もの日々が曖昧に溶け合っていった。
そして、手術の日がやってきた。結衣を「救う」ために、私の骨髄を抜き取る日だ。
凌也と両親は、車で私を街の暗い外れにある、朽ち果てた廃工業団地へと連れて行った。
その地下にある闇クリニックは、赤錆びた重い鉄扉の奥に隠されていた。
安物の漂白剤とカビ、そして古い血の匂いが立ち込めている。
両親はこの死の悪臭に気づいていなかった。彼らは喜びに満ちた期待で、文字通り打ち震えていた。
「ダウンタウンにあるミシュランの五つ星レストランを予約したのよ」
母は私を完全に無視し、興奮気味に父へ囁いた。
「和牛を頼もう! 今夜は結衣の完全な生まれ変わりを祝わないとな!」
父も同意し、その瞳は嬉し涙で輝いていた。
凌也は少し離れたところに立っていた。彼の視線は錆びた壁にしっかりと固定されている。彼は未だに、私の顔を見ようとはしなかった。
「入れ、雪乃」と、凌也は命じた。
「医者が待っている。これ以上、俺たちの時間を無駄にするな」
私はゆっくりと、重い鉄扉に向かって歩き出した。
震える傷だらけの手が、氷のように冷たい金属の取っ手の上を彷徨う。
私は立ち止まった。
ゆっくりと振り返る。
ブランド物のコートをウキウキと直している母を見た。
一番下の愛おしい娘を想い、誇らしげに微笑む父を見た。
そして、完璧に磨かれた靴を苛立たしげに鳴らしている夫、凌也を見た。
浅く、痛みを伴う息を吸い込む。
「もし、私がこの中に入って……」
ひび割れた、虚ろな囁き声が漏れた。
三人の動きが止まり、ようやく私へ視線を向けた。
「そして、二度と出てこなかったら」
私は凌也の空虚な瞳を見つめながら、静かに問いかけた。
「……少しは、私のこと、寂しいと思ってくれる?」
