第1章

耳をつんざくような雷鳴が、江川晩香を眠りから覚ました。

窓の外は土砂降りの夜で、雨粒がガラス窓を叩き、せわしない音を立てている。彼女は億劫そうに手を伸ばし、ベッドサイドのランプをつけた。暖かい黄色の光が、紙のように青ざめた彼女の顔を照らし出す。

唇を固く噛みしめて激痛に耐えながら、彼女は両手で下腹部をきつく押さえた。額には冷や汗がびっしりと浮かんでいる。

不意に、玄関の方から物音が聞こえた。

彼女は痛みをこらえ、ベッドから降りた。

「瑞樹、帰ったのね……」

その声はか細く、媚びるような響きと抑制が滲んでいた。

黒川瑞樹は彼女に目を向けたが、その表情は冷淡でよそよそしい。彼は返事をせず、ただ黙ってビジネスバッグをソファに置いた。

晩香は彼に近づこうと階段を降りようとした。しかし、突如として襲ってきた激痛に、階段から転げ落ちそうになる。慌てて手すりを掴んで身体を支えた。

瑞樹は冷ややかに彼女を見つめる。

「また何の芝居だ? 深夜に俺を電話で呼びつけて、そんな拙い演技を見せるためか? さすがは医者だな、演技もどんどん専門的になっていく」

「演技なんかじゃない……」

晩香は苦痛に顔を歪めながら弁解した。

「そうか? ならなぜ急に俺を帰らせた?」

瑞樹は一歩近づき、鋭い眼差しで彼女を吟味する。

「今夜は重要な商談があったのを知っているだろう」

晩香は唇を噛み、かろうじて身体をまっすぐに保つ。

「あなたに伝えなきゃいけない大事なことがあるの。もう待てない」

「何がそんなに重要なんだ?」

彼は冷笑した。

「またお前の言うところの娘が何かやらかしたのか?」

「花ちゃんのことじゃない、これは……」

彼女の声は痛みで震えていた。

瑞樹はフンと鼻を鳴らし、室内用のスリッパに履き替えようと背を向けた。その背中は、灯りの下でひときわ冷たく峻厳に見える。

晩香はなんとか彼のそばまで歩み寄った。

「瑞樹、私、妊娠したの……」

黒川瑞樹の足がぴたりと止まる。彼はゆっくりと振り返ると、晩香の顎をぐいと掴んだ。その目には凶暴な光が宿っている。

「もうたくさんだ。六年前、あの血の繋がらない子供を黒川家の戸籍に入れただけでは足りず、今度はまた同じ手を繰り返すつもりか? お前のやり口には反吐が出る」

晩香の瞳が信じられないという色に染まる。

「こんなに時が経っても、まだ私のことを信じてくれないの?」

「お前を信じるだと?」

瑞樹は嘲笑し、彼女の顎から手を離した。

「嘘つきのどこを信じろと言うんだ?」

「あなたを騙したことなんて一度もないわ。花ちゃんはあなたの娘よ!」

晩香は必死に説明し、彼の袖を掴もうと手を伸ばした。

瑞樹はその手を避け、眼差しに嫌悪を滲ませる。

「やめておけ。お前とあの医者の関係を知らないとでも思っているのか?」

「真一さんとはただの同僚よ、他に何の関係もないわ!」

彼女の声には懇願が混じっていた。

瑞樹は手を離すと、ビジネスバッグから数枚の写真を取り出し、冷たく彼女の顔に投げつけた。写真は床に散らばり、暖かい色の照明の下でことさらに目を刺す。

晩香が俯いて写真の内容を確かめると、息が止まった。

写真には、彼女と藤堂真一が病院の廊下で話している場面が写っていた。二人はすぐ近くに立ち、親密そのものに見える。

「瑞樹、これはあなたが見たようなものじゃ——」

「お前の情事にはうんざりだ」

黒川瑞樹は冷たく彼女の言葉を遮り、彼女を突き飛ばしてその場を去った。

床に押し倒された晩香は、立ち上がって後を追おうとしたが、ふとスカートの裾に濡れた感触を覚えた。視線を落とすと、両脚の間から濃い色の血が広がっていくのが見えた。

「瑞樹!」

彼女は叫んだ。その声には絶望が満ちている。

「お願い、行かないで……赤ちゃんが……」

瑞樹は足を止めたが、背を向けたまま言った。

「まだ芝居を続けるのか? 本当に恥知らずだな」

「芝居じゃない!」

晩香はもがきながら立ち上がろうとする。

「無駄な努力だ、信じるものか」

瑞樹は振り返り、床の血痕を見て、表情をわずかに揺らがせた。

「本当に妊娠しているのか?」

「ええ……二ヶ月よ……」

晩香は苦痛に呻きながら答えた。

「誰の子だ?」

瑞樹の声は骨の髄まで凍るように冷たい。

晩香は顔を上げ、涙に濡れた瞳で彼を見つめた。

「もちろんあなたの子よ……どうしていつも信じてくれないの?」

「お前が信頼に値しないからだ」

瑞樹は冷たく言い放つ。

「六年前にお前は俺を騙した。今また同じ手を繰り返そうとしている」

「あなたを騙したことなんてない!」

晩香は声を荒らげた。痛みが彼女の声を鋭くさせる。

「花は本当にあなたの娘よ! DNA鑑定をしてもいいわ!」

「必要ない。あの子供に興味はない」

瑞樹はくるりと踵を返し、玄関に向かう。

「付き合っていられるか。救急車は自分で呼べ。医者がその程度のこともできないわけがないだろう?」

「瑞樹!」

晩香は絶望的に叫んだ。

「このまま行ってしまうの?」

瑞樹は振り返らなかった。

「松野が車で待っている」

その言葉は、まるで刃物のように晩香の心臓を突き刺した。

晩香はなんとかローテーブルまで這って行くと、震える手でスマートフォンを掴み、病院に電話をかけた。

「黒川邸です、早く来てください……」

彼女の声はか細かった。

救急車のランプが雨の夜に消えていった後、黒川瑞樹は高級セダンの後部座席で、一本の煙草に火をつけた。

隣に座る松野優が、心配そうな顔で口を開く。

「晩香さん、大丈夫でしょうか。私が病院に行った方が……」

「あいつがどうかなるものか。病院の医者が自分の面倒も見られないなんてことがあるもんか」

瑞樹は冷淡に応え、救急車が遠ざかるのを車の窓越しに見つめていた。

あんな女が、自分を危険に晒すはずがない。六年前、江川晩香は黒川家の財産と地位を狙い、彼が病に臥せっている隙に優を追い出し、無理やり結婚を迫ったのだ。

今また、こんな卑劣な手段で彼を騙し続けようとしている。

実に、胸糞が悪い。

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