第2章
T大医学部附属病院の検査室にて、江川晩香はベッドに横たわりながら、力なく目の前の検査報告書を見つめていた。
昨夜の緊急治療の後、彼女は産婦人科から腫瘍科へと移された。医療スタッフが立て続けに行った一連の検査の結果は、衝撃的なものだった。
出血はすでに抑制されていたが、報告書には悪性腫瘍細胞が全身に転移を始めていることがはっきりと記されていた。
「晩香、まだ時間はある。怖がらなくていい」
藤堂真一が静かに声をかけた。彼は晩香の長年の同僚であり、友人でもある。
彼は彼女の蒼白な顔を見つめ、その瞳は憂いに満ちていた。
晩香は身を起こそうとしたが、激痛に思わず枕へと逆戻りする。
「私の子どもは?」
晩香は痛みに震える声で、かろうじて尋ねた。
藤堂真一は彼女の手を握り、そっと首を横に振った。
「残念だが、流産した。君の体の状態が悪すぎて、妊娠を維持できなかったんだ」
晩香の指が無意識に下腹部を撫でる。彼女は目を閉じ、目尻から涙が滑り落ちた。しばしの後、再び目を開くと、その声はほとんど聞き取れないほどか弱かった。
「真一、彼を……残しておきたいの」
「誰をだ?」
藤堂真一は訝しげに問い返す。
「瑞樹よ。彼には骨髄が必要なの……」
晩香は血の気を失った顔で言った。
「お願い。瑞樹の脊髄手術を一週間、延期してちょうだい」
藤堂真一は眉をひそめる。
「彼のことはもう気にするな。君の状態はもう危険なんだぞ。すぐにでも治療を始めるべきだ」
「一週間だけ」
晩香は顔を上げ、その眼差しが不意に強い意志を帯びた。
「片付けなければならないことがあるの。あの子の手術の前に。これは、私が彼に償うべきことだから」
藤堂真一は何かを言いかけて口を噤み、最終的にはただ頷くだけだった。
「最善を尽くして手配しよう。だが、必ずすぐに治療に戻ってくると約束してくれ」
翌日の午前、江川晩香は娘の花を母の家に預けた後、一人で家に戻り、リビングに座っていた。
彼女は黒川瑞樹と過ごしたここ数年の些細な出来事を思い出さずにはいられず、心は物悲しさで満たされた。
運命が二人をこのような境地へと追いやることになると、誰が想像できただろうか。
寝室のドアが開き、黒川瑞樹が出てきた。彼は糊のきいたスーツを身にまとい、髪は一筋の乱れもなく後ろに撫でつけられ、その全身から冷徹な雰囲気を放っている。
「瑞樹……」
黒川瑞樹は彼女の声が聞こえないかのように、その傍らを通り過ぎていく。まるで彼女がどうでもいい家具の一つであるかのように。
階段から軽やかな足音が聞こえてくる。松野優が長い髪をまとめながら下りてくると、黒川瑞樹の眼差しは途端に和らぎ、彼は優しく白湯の入ったカップを差し出した。
晩香はゆっくりと指を曲げ、爪が掌に食い込むのをなすがままにした。彼女は下唇を噛み、それ以上は口を開かなかった。
「今日の朝の会議の準備はできた、瑞樹?」
松野優の声は甘ったるいが、その視線が晩香を捉えた瞬間、一筋の冷たさがよぎった。
昨夜、彼らの間に何があったのだろうか。考えまいとすればするほど、あの光景が脳裏に浮かんでくる。
突然、晩香は激しく咳き込んだ。慌ててハンカチで口元を覆うと、白い布地はすぐに鮮血に染まった。最近、咳はますます頻繁になり、そのたびに血が混じり、残された時間が少ないことを彼女に突きつけてくる。彼女は自分の弱さを見せたくなくて、素早くハンカチをポケットに隠した。
松野優は心配するふりをして彼女の前に歩み寄り、顔を覗き込んだ。
「晩香、大丈夫?」
晩香は松野優を押し退けた。彼女は深呼吸を一つし、静かに黒川瑞樹を見据える。
「瑞樹、書斎で話しましょう。あなたに話があるの」
黒川瑞樹はためらうことなく彼女を拒絶した。
「必要ない。お前以外に、ここに余計な人間はいない」
晩香は無意識に松野優に目をやった。なるほど、瑞樹はずっと彼女を家族とみなし、自分こそが余計な人間だったのだ。
彼女は深く息を吸い、言った。
「離婚しましょう」
リビングは一瞬、静寂に包まれた。
黒川瑞樹はティーカップを置くと、その目にわずかな驚きがよぎったが、すぐに冷淡な表情に戻った。
「腹の中のどこの馬の骨とも知れんガキが、もう隠しきれなくなったのか?」
「お前の芝居も日に日に板についてきたな」
彼は冷ややかに言い放った。その瞳には嘲りが満ちている。
これほど長い年月、彼女がどれだけ説明しても、瑞樹はあの子が自分の子だと信じようとはしなかった。
晩香は自嘲気味に笑うと、持っていたファイルケースから一枚の書類を取り出した。
