第2章
目を開けると、私は九条湊のそばにいた。
「最低」
鼻の奥がツンとし、私は背後から彼に抱きつこうと駆け寄った。
「見捨てないって信じてた、助けに来てくれるってわかってた!」
しかし、私の手は彼の身体をすり抜けた。
まるで空気の塊か、幻影を通り抜けたかのように。
私は呆然と立ち尽くし、透き通った自分の掌を見つめた。
「湊?」
彼の服の裾を掴もうとしてみるが、指はまたしても何の抵抗もなく布地を透過する。
彼は反応しない。眉間に深い皺を刻み、地図を睨みつけながら指で円を描いているだけだ。
私は、死んだの?
いいえ、そんなはずはない!
意識はあるし、思考もできる。怒りも恐怖も感じるのに、どうして死んだなんて言えるの?
その時、一人の隊員が通報シートを持って慌ただしく駆け込んできた。
「隊長! 緊急事態です!」
隊員はシートを湊に手渡した。
「神居村の村民から通報がありました。旧林業所が倒壊し、行方不明者が出ています。以前から来ていたボランティアのようです」
私は激昂して叫んだ。
「私よ! 湊、それは私なの! 神居村にいるのよ!」
湊がシートを受け取り、詳細を見ようとしたその瞬間、机の上に置いてあった彼の携帯電話が狂ったように振動し始めた。
その着信音は、たった一人のためのもの。
西園寺愛理。私の義妹。
電話の向こうから、愛理の泣きじゃくる声が響いてくる。
『湊くん……助けて……地震が起きて、すごく怖いの……』
副隊長の富岡正介がすぐに湊の手からシートを奪い取り、彼を急かした。
「温泉谷ならここから近い。愛理さんの怪我の程度も不明だ、まずは隊を率いてそちらへ向かうべきだ」
「だが、神居村には埋没者がいる可能性が……」
「あそこは山奥だ、住んでいる人間も少ない。偵察の人員は手配する。愛理さんはお前のためにここへ来たんだぞ、放っておけるのか?」
九条湊は少しの間沈黙し、電話に向かって言った。
「怖がるな、すぐに行く。安全な場所を見つけて待機していてくれ。通話は切るなよ」
彼は電話を切り、大股で外へ歩き出した。
「行かないで!」
私は湊の前に立ちはだかり、両手を広げて彼を止めようと絶叫した。
「湊! 振り返ってよ! それは私の救難信号なのよ!」
「私は神居村にいるの! 腰を潰されて、血を流して、あなたを待ってるのよ!」
「あなたの彼女は私でしょう! 私を助けに来るべきじゃない!」
「他の隊員に行かせればいいじゃない!」
「あの子のところへ行くなら、もう本当にあなたのことなんていらない!」
彼に私の声は届かない。足取りも止まらない。
私は泣き叫びながら、彼を追って外へ飛び出した。
けれど、外の陽光に触れた瞬間、魂が業火に焼かれるような激痛が走った。
わからない。どうしてこんな時でさえ、彼は西園寺愛理を優先するの。
