第3章
鏡に映る女の子に、私はもう夢中だった。
地獄のような6週間の自分磨きがついに終わり、目の前で私を見つめ返している女性が、あの桃井茉莉だなんて信じられなかった。太陽の光を浴びて輝く小麦色の肌、肩に流れ落ちる自然なウェーブヘア、星のようにきらめく瞳。完璧な曲線美、自信に満ちた微笑み、そして優雅なたたずまい。
自分でも見分けがつかないほどの女神に、私はなっていた。
「カンペキ!」叔母さんが手を叩いた。「もう、まるで人気女優じゃない!」
でも、問題が一つだけあった――あのカフェの彼に、あれから一度も会えていないこと。
信也。
この6週間、その名前はずっと頭の中で響き続けていた。青海島のカフェというカフェはすべて巡ったし、ビーチというビーチはすべて歩いた。なのに、彼は煙のように消えてしまった。
私たちの出会いは、ただの美しい偶然だったのかもしれない。
「今日はサーフィンレッスンよ!」叔母さんが興奮した声で言った。「新しい人生を征服したみたいに、海も征服しなきゃ!」
彼女が投げてよこしたのは、布面積がほとんどないスカイブルーのビキニだった。
「こ、こんなの着れないよ!」私は顔を赤らめた。「露出が多すぎる!」
「馬鹿言わないで! こんな完璧な体を隠してどうするの?」叔母さんは腰に手を当てた。「勇気を出しなさい、茉莉! その美しさを見せつけるのよ!」
10分後、私は白砂ビーチに立ち、穴を掘って隠れたい気分だった。
このビキニは、人間の良識の限界を試しているとしか思えない。極端にローカットのボトムは腰にぴったりとフィットし、トップは必要最低限の部分をかろうじて覆っているだけ。息をするたびに、ポロリしないか心配になる。
周りの男の人たちがジロジロ見てくる。中には口笛を吹く人までいる。
まさか、私ってこんなにセクシーになっちゃったの?
「リラックスして!」サーフィンのインストラクター、竹内さんが笑った。「死にそうな顔してるよ。サーフィンはバランスと舵取りがすべてだからね」
私は頷き、集中しようと努めた。でも、波は思ったよりずっと大きくて、足元のボードがぐらぐら揺れる。
「準備はいい?」竹内さんが叫んだ。
私は深呼吸して、ボードに腹ばいになった。「行きます!」
波が私を前へ押し出す。バランスを保とうと必死にもがく。左、右、また左……。
そして、完全にコントロールを失った。
「きゃあああ!」
サーフボードは暴れ馬と化し、水面にいた一人のスイマーに向かって一直線に突っ込んでいく。その男性はのんきに背泳ぎをしていて、迫りくる「人間魚雷」に全く気づいていない。
「危ない!」私は叫んだ。
ドッシャーン!
ボードが彼に直撃した。私たちは手足をもつれさせながら水中に転がり落ち、鼻にしょっぱい海水が流れ込んでくる。
やっとのことで水面に顔を出すと、私は一人の男性の上に馬乗りになっていた。
とてもがっしりとした、温かい体の男性。
私たちの顔はほんの数センチの距離にあった。彼の頬を水の滴が伝い、その深いブラウンの瞳が、驚きと困惑、そしてもしかしたら……感嘆の色を浮かべて私を見ていた。
「痛……ん?痛くない?それに少し柔らかい……」彼の声……。
私の心臓が、時を止めた。
「信也?」
「茉莉?」
その時、ざぶん、と波が私たちを襲い、ビキニのストラップがサーフボードのフィンに引っかかってしまった。
「あっ!」トップがずり落ちていくのを感じた。
信也は即座に反応し、私を腕で包み込むと、彼の胸にぐっと引き寄せた。「動くな」
低く、少し掠れた声。彼の硬い胸筋が体に当たり、その鼓動が私のと同じくらい速く脈打っているのがわかる。海水で濡れた肌は過敏になっていて、触れるたびに電気が走るようだった。
「水着が……」彼はちらりと視線を落とし、顔をわずかに赤らめた。
視線を落として――うそ! ストラップは完全に緩んでいて、私の尊厳を守ってくれているのは彼の腕だけだった。
「離さないで!」私は不安げに彼の肩を掴んだ。
彼の喉仏がこくりと動く。「離さない」
私たちは水の中でそのままでいた。彼の筋肉の輪郭が一つ一つ感じられる。濡れた肌を通して伝わってくる彼の体温と、潮の香りに混じった微かな男の人の匂いに、頭がくらくらした。
「岸まで泳がないと」彼が緊張した声で言った。
「でも、水着……」
「手伝う」彼は慎重に体勢を変え、片腕は私を庇ったまま、もう片方の腕を私の背中に回した。
指が背中に触れた瞬間、思わず身震いした。彼は私のストラップを結び直してくれている。その動きは優しくて丁寧なのに、触れられるたびに全身に熱が走った。
「よし」彼はそう言ったけれど、すぐには腕を解かなかった。
穏やかな波に揺られながら、私たちは見つめ合った。この信也は、カフェで見たぼんやりとした姿とは全く違う――シャープな顎のライン、深い瞳、額に張り付いた濡れた髪。息をのむほどハンサムだった。
「君は……変わったな」彼は信じられないといった目で、そっと言った。
「あなたもよ」私は囁き返した。「だって、今はっきりとあなたの顔が見えるんだもの」
「きれいだよ、茉莉」彼がそう言った時、その眼差しはとても真剣だった。「本当に、きれいだ」
私たちは岸まで泳いだが、私の脚は力が抜けてほとんど立てなかった。信也は私を砂浜に座らせ、隣に腰を下ろした。
「ご、ごめんなさい!」私は必死に謝った。「まだサーフィンを習い始めたばかりで……怪我はない?」
「ないよ」彼は微笑んだ。その笑顔に私の心臓がまた速く鼓動する。「でも、これは間違いなく、一番ユニークな再会の仕方だな」
「ずっと青海島にいたの?」私は思わず尋ねていた。「どこを探してもいなかったのに……」
言葉が口から滑り出てしまった。積極的すぎる!
でも、信也の目は驚きにきらめいた。「俺のこと、探してたのか?」
「い、いえ、その……」私はどもった。「また文学の話がしたいなって……」
「俺もだよ」彼は水平線に目を向けた。「実を言うと、君にもう一度会いたいと思ってた」
「本当?」
「写真のプロジェクトで、太平洋の島々の自然の美しさを記録してるんだ」彼は私の方を向いた。「でも正直、頭から離れなかったのは景色じゃなくて――カフェでマルケスの話をしてくれた女の子のことだった」
心臓が、さらに激しく高鳴った。
「その子はまだここにいるわ」私はそっと言った。「ただ……前より少し、自信がついただけ」
「それはわかる」彼は立ち上がり、私に手を差し伸べた。「本当の青海島を見たくないか? 観光客が決して見つけられない場所を知ってるんだ」
私はためらうことなく、その手を取った。
* * *
それからの二週間は、まるで夢のようだった。
信也は私を、誰もいない隠れ家のようなビーチに連れて行ってくれた。私たちは透き通った水で泳ぎ、柔らかい白砂の上を歩いた。一緒にサンゴ礁の上でシュノーケリングをしながら、彼は色々な熱帯魚の見分け方を教えてくれた。
彼は地元の人間しか知らないようなレストランに私を連れて行き、本場の青海島料理を味わった。彼は流暢な青海島の方言で地元の人たちと話し、その興味深い話を私に通訳してくれた。
毎日が新しい冒険で、一瞬一瞬が、このミステリアスな男性をより深く理解する助けとなった。
そして何より、私は亮太の痛みを忘れ始めていた。
「火山、見たいか?」ある晩、信也が尋ねた。
「火山?」
「ああ、特別な場所があるんだ。もし俺を信じてくれるなら」
私は迷わず頷いた。
夜になり、信也は私を今まで見たこともない場所――火山のクレーターの縁へと車で連れて行ってくれた。
「すごい……」眼下に広がる光景に、私は息をのんだ。
島全体が私たちの足元に広がり、街の灯りが星の海のようにきらめいている。遠くの水平線は月明かりの下で銀色に輝き、まるで絹のリボンのようだった。
「俺の秘密の場所なんだ」と信也は言った。「ここで写真を撮ったり、人生について考えたりする」
彼は地面にブランケットを広げ、私たちは並んで座った。夜風が涼しかったので、彼は自分のジャケットを私の肩にかけてくれた。
「ありがとう」私は言った。「この二週間……人生で一番幸せだった」
信也は私の方を向き、その瞳は優しかった。「教えてくれ。何が君を青海島に連れてきたんだ?」
私は深呼吸をして、亮太の話を始めた。子供の頃の思い出から、学食での屈辱、そして雨の中で耳にした残酷な言葉まで。
「彼は私のこと、後をついて回る子犬みたいだって言ったの」私の声は震えた。「哀れだって。普通の男なら誰も欲しがらないって」
信也の手が、拳を握りしめた。「最低な野郎だ」
「彼の言う通りだったのかも」私は自嘲気味に笑った。「私って、本当に哀れなのかも」
「違う」信也は突然私の方に向き直り、その両手で優しく私の頬を包んだ。「聞くんだ、茉莉。君は俺が今まで会った中で、一番賢くて、優しくて、面白い女性だ。あの亮太なんかに君はもったいない」
彼の眼差しは、とても真摯で、とても優しかった。「君は、大切にされるべきなんだ」
月明かりが二人を照らし、潮風が囁くように通り過ぎていく。私は彼の瞳を見つめ、心臓がドキドキするのを感じた。
その親密な空気が最高潮に達した瞬間、不意に信也の携帯電話が鳴った。
彼は画面を見て眉をひそめ、表情が一変した。
「悪い、これに出ないと」彼は少し離れた場所へ歩いていき、電話に出た。
彼の顔は見えなかったけれど、声が真剣なものに変わったのが聞こえた。数分後、彼は電話を切り、私の隣に戻ってきた。
「茉莉……」彼は私を見た。その瞳には後悔の色が浮かんでいた。「俺、この島を離れなきゃいけない」
