第1章
この街の住人なら誰もが知っている。裏社会の王である私の夫、ヴィンセントが私を深く愛しているということを。
三年前、一発の銃弾が私の腹部を貫いたとき、母となる可能性も一緒に奪い去っていった。血まみれの私を抱きしめ、彼は天に誓った。撃った人間の家族全員に命で償わせると。一ヶ月後、その一族はこの街から消滅し、その名を口にすることさえ禁じられた。
病床の私の手を握り、彼は言った。「子供がいなくたっていい。俺が愛するのはお前だけだ」と。
私はそれを信じた。
半年前、彼の兄が不慮の事故で亡くなり、妻のセリーナが遺されるまでは。一族からの圧力は潮のように押し寄せた。後継者が必要だ、血を絶やすな、と。そして、あの女がカルーソの血を繋ぐ唯一の希望として皆の目に映るようになった。
やがて夫は家に帰らなくなった。深夜、隣室から漏れ聞こえる声。本来なら私だけに向けられるべき温もりが、そこにあった。
だが今日、医師が告げたのだ。身体の状態が良くなっていると。可能性は低いが、確かに希望はあると。
私は診断書を握りしめて家路を急いだ。結果を見た時のヴィンセントの表情を想像しながら。もしかしたら、全てが元通りになるかもしれない。彼も気づくはずだ、彼女なんて必要ないのだと。
別荘の玄関に立ち、中から溢れる談笑を耳にするまでは。
「セリーナ、妊娠おめでとう! 一族にとってこんな喜ばしいことはない!」
「やっと世継ぎができた。カルーソ家にもようやく希望の光が射したな」
手の中の診断書は、汗で端が滲んでいた。
私は深く息を吸い込み、扉を押し開けた。
リビングの笑い声が瞬時に凍りつく。全員の視線が私に突き刺さり、すぐさま逸らされた。まるで、そこに存在してはいけないものでも見たかのように。
セリーナはヴィンセントの腕の中に縮こまり、微かに膨らんだ下腹部を撫でている。彼の手がその上に重ねられ、その横顔には、この三年間私が一度も見ることのなかった優しさが浮かんでいた。
テーブルの上ではシャンパンタワーが煌めき、祝いの空気が充満している。
「続けて、皆続けてちょうだい」ヴィンセントの母が口を開いた。その口調には、施しをするかのような傲慢さが滲んでいた。「イザベラは忘れ物を取りに来ただけよ。お構いなく」
談笑が再開する。ただ、幾分か声のトーンは落とされていた。
私は入り口に立ち尽くしていた。手にした診断書が、焼けた鉄のように熱い。数時間前、車の中で「今夜はサプライズがあるの」と馬鹿みたいに笑いながらヴィンセントにメッセージを送った自分を思い出す。彼のお気に入りのレストランへわざわざ遠回りして、テイクアウトまでしたのに。
あの料理は今も車の中だ。私の滑稽な期待と一緒に。
「可哀想に、まだ若いのにね……」
「しっ、声が大きいわ」
「いいじゃないの、どうせ聞こえてるわよ。それに、あの時あの娘が銃弾を受けなければ……」
「やめろ」ヴィンセントが不意に口を挟んだ。抑え込んだ怒りが滲む。「彼女は俺のために傷を負ったんだ。悪く言うことは許さん」
ああ、いつもの茶番だ。彼はいつもこういう時にだけ私の前に立ち、庇うような真似をする。まるでそうすれば、他の全ての裏切りが帳消しになるとでもいうように。
私の視線は、セリーナの首元に吸い寄せられた。
あのネックレス。
プラチナのチェーンに下げられた一粒のルビーが、灯りを反射して血のような光沢を放っている。あれはカルーソ家に代々伝わる家宝。当主の妻だけが身につけることを許される品だ。
三年前の結婚式で、ヴィンセントは私の前にひざまずき、そのネックレスを両手で捧げ持った。「今日から、君だけが俺の妻だ。俺の愛は天地に誓うものだ」
真実の愛にそんな証明など不要だと思った私は、それを金庫にしまい込み、二度と身につけることはなかった。
それが今、別の女の首を飾っている。
ヴィンセントが私の視線に気づいた。喉仏が動くのが見えた。彼は立ち上がり、私の方へ歩み寄ってくる。
「あのな……」彼の声には微かな気まずさが混じっていた。「彼女が見てみたいと言うから、少し貸しただけだ。変に勘繰らないでくれ。俺にとって一番大切なのは、いつだってお前だ」
一番大切な人。
なんと皮肉な響きだろう。その「一番大切な人」は部外者のように入り口に立ち、「少し貸してもらった」女が彼の妻の席に座って祝福を受けているというのに。
私は何も答えず、診断書を無言でバッグの奥に押し込んだ。
「おめでとう」自分の口から出た声は、天気の話題でもするかのように平坦だった。「本当におめでとう」
祝賀会がお開きになったのは、それから二時間後のことだった。
最後の客を見送ったヴィンセントが振り返り、スーツケースを手に階段の踊り場に立つ私を見つける。
「イザベラ、それは……」
「お義母様が仰ったの。主寝室の方が日当たりが良いから、妊婦に相応しいって」私は彼の言葉を遮った。「荷物はもうまとめたわ」
彼の顔色が変わる。彼も内心では分かっているのだ。母親が言い出したことであり、自分の案ではないから無関係を装える、と。
「イザベラ」セリーナがリビングから出てきた。蜜が滴りそうなほど甘ったるい猫撫で声だ。「もし嫌なら、私が他の部屋に移ってもいいのよ。あなたを困らせたくないもの」
長年の親友であるかのような親しげな呼び方。だが、その瞳の奥によぎった勝ち誇ったような光が、本心を雄弁に物語っていた。
彼女を見ていると、ふいに笑いが込み上げてきそうになる。
「おめでとう」私はもう一度そう言い、スーツケースを引いて階段を上った。
背後からヴィンセントの足音が追いかけてくる。彼は手を伸ばし、私の荷物を持とうとした。
「自分でできるわ」
「貸してくれ」
新しい部屋は廊下の突き当たりにあった。北向きの窓からは一年中陽が射さず、主寝室に比べればまるで物置小屋だ。
私が荷物を置くと、ヴィンセントは入り口に立ち尽くしたまま、言いにくそうに口を開いた。
「気に入らないのは分かる」子供をあやすような優しさを含んだ声。「だが理解してくれ、一族には後継者が必要なんだ。彼女が子供を産めば、それで終わりだ。俺と彼女の間には、本当に何もない」
子供を産めば?
そうすれば彼は心変わりして、私だけを愛する彼に戻るとでも?
「俺が愛しているのはお前だ」彼は歩み寄り、私を抱きしめようとした。「それだけは昔から変わっていない」
彼の腕が私を包み込み、顎が私の頭頂部に乗せられる。数え切れないほど繰り返されたその仕草は、いつだって私に安らぎと愛されている実感を与えてくれたものだった。
だが今回は違った。鼻をつく匂い。セリーナの香水だ。彼のシャツに染み付き、体臭と混ざり合い、ある種の所有権を主張するように漂ってくる。
私の体は瞬時に強張った。
先ほどのリビングでの光景が脳裏をよぎる。セリーナは彼の肩に寄りかかり、二人はあんなにも密着していた。
毎晩、彼らはこうして抱き合っているのだろうか? 彼はおなじような調子で彼女に愛を囁くのか? その手は今のように、優しく彼女の腰を撫で回しているのか?
胃の底から強烈な吐き気が込み上げてきた。それは腹部から一気に遡り、喉元を塞いだ。
私は危うく嘔吐してしまいそうになった。
