第3章

プールの匂いが、いつまでもなれない。

プールサイドに立ち、水面を見下ろす。手のひらはすでに汗ばんでいた。太陽の光が水面で跳ね返り、まるで砕けたガラスのように見えた。

「高橋、準備はいいかな?」鈴木先生が浅い方で補助具を準備している。「陽翔のサポートで、誰か水に入ってくれると助かるんだが」

喉がからからに乾く。「私、ここから手伝うだけじゃ……ダメですか?」

陽翔が車椅子から顔を上げ、眉をひそめた。「真耶、無理しなくていい。苦手なんだろ」

苦手、ね。そうよ。彼には知る由もない。私が最後に深い水に入ったのが、入水自殺を図った時だなんて。あの感覚がまだ残っている――押し潰されそうなパニック、肺に満ちていく水、そしてすべてが暗転したあの瞬間。

「手伝うって言ったから」。震える手でジャケットを脱ぐ。「だから、手伝うの」

陽翔の表情が和らぐ。「本当に?」

声を信用できず、私は頷くだけだった。

足が水に触れた瞬間、すべてが蘇ってきた。あの夜、こうして水に入り、冷たさに身を任せて沈んでいったこと。

水はひんやりと冷たい。息がうまくできない。一歩、また一歩と進むうちに水は腰まで達し、全身が悲鳴を上げていた。ここから出ろ、と。

溺れる感覚を思い出した。胸の焼けるような痛み、恐怖、そしてすべてが……止まってしまう感覚。今、私は震えていた。寒さのせいじゃない。

「真耶?」陽翔の声が遠くに聞こえる。「大丈夫か?」

はっと我に返ると、私はプールの縁を必死で掴んでいた。陽翔はもう上半身の力だけで泳いで、私のところまで来ていた。心配そうな顔をしている。

「大丈夫」。無理やり壁から手を離す。「やろう」

鈴木先生に、陽翔の体を支える方法を教わった。彼の後ろに立ち、腰のあたりを支えて、彼が脚を動かす練習をする間、体を安定させるのだ。

彼の体を支えた瞬間、すべてが変わった。

彼は温かくて、がっしりしていた。私の手の下で筋肉が引き締まるのを感じる。彼のシャンプーの匂いがするほど近く、呼吸さえ感じられた。

こんなの、計画になかった。心臓がこんなに速く鼓動するなんて、あり得ない。

「よし、陽翔、右脚をゆっくり動かしてみて」「高橋、彼をしっかり支えて」鈴木先生の声が響く。

陽翔が集中して体に力を入れるのを感じた。額に汗が滲んでいる。

「待って」と、彼が荒い息で言った。「なんか……感覚がある。すごく小さいけど……」

「本当に?」私は思わず彼を強く抱きしめていた。「陽翔、それ、すごいよ!」

彼が振り返って私を見た。とたん、私たちの距離は数センチになった。彼の髪から水の雫が滴り、彼はまるで私が命の恩人でもあるかのように、私を見つめていた。

心臓が激しく脈打っていた。もう、水への恐怖とは何の関係もなかった。

「真耶」と、彼が静かに言った。「どうして、俺のためにこんなことをしてくれるんだ?」

口を開いたが、何も出てこない。後であなたに私を救ってほしいから?この先に何が起こるか知っているから?あなたに惹かれ始めているから、そしてそんなはずはないのに?

「わからない」と私は言った。それが真実だった。

陽翔が手を伸ばし、私の顔に触れた。親指が頬を撫でる。「君って、すごいよな」

すべてが静かになった。プールも、鈴木先生も、周りのすべてが――消え去った。陽翔と私、そしてこの、絶対にあってはならない瞬間だけが存在していた。

後ずさりしなくちゃ。私がここにいる理由を思い出さなくちゃ。でも、彼が顔を近づけてきても、私は動けなかった。

彼はキスをした。柔らかくて、慎重なキス。がっついたものでも、飢えたものでもなく……ただ、甘い。まるで、私が大切な存在だとでも言うように。

それで、私は完全に我を忘れた。

この人は、私の後を追って飛び込んでくれるはずの男の子。私が助かりたくない時に、私を助けようとする男の子。

私、一体何をしてるんだろう?

私は彼を突き飛ばした。水が激しく跳ねる。「行かなきゃ」

「真耶、待って――」

でも私はもうプールの縁に向かって泳ぎ、必死に体を乗り上げていた。脚はゼリーみたいにふにゃふにゃだったけど、自分の荷物を掴むと、振り返らずに更衣室へ走った。

鏡の中の私は、正気とは思えない姿だった。髪はべったりと張り付き、目は赤く、唇はまだ彼のキスの感触で痺れている。

タオルで顔をこすり、目がしみるのはただの塩素のせいだと言い聞かせた。

「最悪」と私は囁いた。「何やってるの?これは全部、偽物のはずでしょ」

『でも、心臓はまだ狂ったように鳴っている。まだ彼の手に顔を触れられた感触が残ってる。前の彼のことを考えてしまう――スター選手で、人気者で、完璧だった彼。そして今の彼のこと――壊れても戦っていて、脆いけど強くて。それに、あのキス……』

拳を握りしめる。「こんなことしちゃダメよ、真耶。彼が良くなったら、あんたは自殺するつもりなんでしょ。それに、彼が怪我をした原因があんただってこと、彼は永遠に知らないんだから」

『じゃあ、どうしてこんなに胸が張り裂けそうなの?』

服を着替え、どうにか自分を取り繕おうとした。これが計画。彼に近づいて、回復を手伝って、私の人生が崩壊した時、もしかしたら彼が私を救ってくれるかもしれない。あるいは、救ってくれないかもしれない。どちらにせよ、これは本物じゃない。

『だとしたら、なぜこんなに痛いの?』

息を一つ吸って、私は外へ戻った。

陽翔が車椅子に乗って、プールのそばで待っていた。髪はまだ濡れていて、その眼差しに私の胃はきゅっと縮こまった。

「真耶、さっきのことだけど……」

「大丈夫」私は彼の言葉を遮った。「あの場の雰囲気に、流されただけだから」

彼の顔が曇った。「じゃあ、何の意味もなかったってこと?」

心は張り裂けそうだったけど、そんなこと言えるはずがない。「陽翔……」

「そっか」。彼は笑ったけど、無理しているのがわかった。「わかったよ」

『違う、わかってない。どれだけあなたにもう一度キスしたいか、わかってない。あなたを大切に思うことがどれだけ怖いか、わかってない。私があなたに何をしたのか、あなたは知らない』

「でも、友達ではいてくれるよね?」と私は言った。

彼は頷いた。でも、その瞳から何かが消えていた。「ああ。もちろん」

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