第1章

 結婚から半年後。私は襲撃に遭って流産し、二度と子供を産めない体になった。

 それはナンバープレートのない黒いセダンだった。メッシーナの曲がりくねった山道で、私の乗る車ごと崖下へと突き落としたのだ。車体が回転しながら真っ逆さまに落下していく瞬間、自分の骨が砕ける生々しい音が聞こえた。

 意識を手放す直前、脳裏に浮かんだのはマルコの顔だった。

 私の夫、マルコ・ヴィターリ。ヴィターリ・ファミリーの最年少幹部。

 あんなにも子供を欲しがっていた彼。結婚式では私の耳元で、「子供は三人欲しい。男の子が二人、女の子が一人。女の子は君に似てほしいな」と囁いていた。

 今頃、彼はどれほど焦りながら私の帰りを待っていることだろう。

「エレナ、しっかりしろ」

 ひしゃげた車体から引きずり出された時、誰かが私の耳元で言った。

「サルヴァトーレさんがファミリーで最も腕の立つ医者を向かわせた。君は助かる」

 私は、その言葉を信じた。

 なぜなら彼は私の父であり、モレッティ・ファミリーのドンだからだ。

 十五年もの歳月をかけて外で暮らしていた私を捜し出し、私が最も絶望していた時に、ファミリーへと連れ戻してくれた人。

 彼らが私に注いでくれた愛情を思えば、身が粉々に砕けるような激痛すら、いくらか和らぐ気がした。

 手術室前の廊下は、骨まで凍りつくほど冷え切っていた。

 中へ運び込まれる直前、そこに立つマルコの姿がぼんやりと見えた。真っ白なシャツは私の血で染まり、その目は真っ赤に充血していた。

「エレナ」

 彼は私の手を強く握りしめた。

「俺は死んでも君を離さない」

 私は、その言葉も信じてしまった。

 背後で手術室の扉が閉まる、その時までは。

 麻酔で意識が混濁する中、扉の向こうから漏れ聞こえてきた会話を、耳にするまでは――。

「サルヴァトーレさん、これでようやくイザベラを救えます」

 マルコの声だった。声を潜めてはいるが、震えるほどの興奮はどうしても隠しきれていなかった。

「婚前健康診断の時、エレナの血液検査の結果を確認しました。彼女の血統純度は完全に基準を満たしており、血液型もイザベラと適合します。心臓移植にまったく問題はありません! すでにエレナを騙して、手術の同意書にもサインさせてあります」

 続いて聞こえてきたのは、父の声だった。

「マルコ、あの運転手にはまとまった金を持たせ、ここから永遠に立ち去らせろ。誰にも嗅ぎつけられるわけにはいかないからな」

「はい」

「お前には苦労をかけるな」

 父は深くため息をついた。

「子供を産めない体になった女を抱えて、残りの半生を添い遂げねばならんのだからな」

 沈黙。

「構いませんよ、サルヴァトーレさん。イザベラが健康に生きてさえくれれば」

「やはり、私の目に狂いはなかった」

 父は安堵したような口調で言った。

「苦労してエレナを捜し出したのも、すべてはこの日のため。――さて、私も入ろう」

 冷たい液体が、私の傷口へと滑り落ちる。

 それは麻酔薬ではない。私の涙だった。

 そういうことだったのか。

 十五年越しの「再会」は、失われた父の愛を埋め合わせるためなどではなかった。

 この半年間の「寵愛」は、今日という日のために周到に用意された罠に過ぎなかった。

 マルコの「愛している」という言葉は、「君の心臓は、俺の本当に愛する女にぴったりだ」という意味だったのだ。

 意識が完全に途切れる最後の瞬間。手術室の無影灯の下で、シチリアで最も尊敬を集める臓器移植医であるドン・サルヴァトーレが、銀のメスを手に私の胸へと歩み寄ってくるのが見えた。

 彼の背後、もう一台の手術台に横たわっていたのはイザベラだった。私が外で路頭に迷っていた頃、彼らに引き取られた養女。彼女は目を閉じ、その口元にはかすかな笑みすら浮かべていた。

「イザベラ」

 父が身を屈め、彼女の耳元で優しく囁く。

「お父さんが約束した通りになっただろう。少し眠りなさい。目が覚めたら、お前はお父さんの本当の娘になるんだ」

 銀のメスが振り下ろされる。

 胸を錐でえぐられるような激痛。

 そして、果てしない闇が訪れた。

 次に目を覚ました時、私はファミリーの屋敷にある私設病室のベッドに横たわっていた。

 目を開けて最初の呼吸をした瞬間、真っ赤に焼けた鉄の釘を胸に打ち込まれたかのような激痛が走った。

 心臓が――いや、今そこで脈打っているのは、すでに私の心臓ではない――それが神経の束を引きちぎりそうに引き攣れ、一度拍動するたびに頭皮が総毛立った。

 私は歯を食いしばり、二度目の息を吸い込もうとした。

 しかし、胸には巨大な岩が重くのしかかっているかのようで、どんなにもがいても、その息は喉の奥に引っかかったまま、吸うことも吐くこともできなかった。

 顔面が熱を持って紅潮し、やがて紫紺色へと変わっていく。

 このまま再び気絶するのだと思ったその時、病室に並ぶ十数台のモニターが一斉にけたたましい警告音を鳴らし始めた。耳をつんざくようなビープ音の中、バンッと乱暴に扉が開かれ、医療スタッフたちが駆け込んでくる。

 その後ろから飛び込んできたのは、私の父、母、そして――夫だった。

「どけ、私がやる!」

 父が看護師を乱暴に押しのけ、両手を私の胸に当てて心肺蘇生を始めた。その手技は正確で、力の加減も絶妙だった。

 数回の胸骨圧迫を受けて、ようやくあの息の詰まるような窒息感がわずかに和らいだ。

 一度呼吸をするたびに、無数のカミソリの刃で胸腔をかき回されているような痛みが走るが、少なくとも、水に溺れるようなあの凄まじい死の恐怖は遠のいていた。

「すまない、エレナ……」

 マルコがベッドの縁に顔を伏せ、また目を赤くして泣いていた。

「あの日、君を一人で出かけさせるべきじゃなかった。俺たちの子供が死んでしまったのは、すべて俺のせいだ」

 私は何も答えず、ただ静かに彼の顔を見つめた。

「エレナ」

 彼は空々しい涙を流しながら、私の手をきつく握りしめた。

「お義父様の話では、手術の最中にわかったらしい。襲撃で傷ついたのは子宮だけじゃなく、君の心臓そのものにまで達していたと。移植した心臓に拒絶反応が起きてしまったんだそうだ」

「でも安心してくれ、エレナ。俺は君を愛してる。絶対に君を見捨てたりしない」

 彼の涙が私の手の甲にこぼれ落ちた。温かい涙だった。

「お義父様が必ず治す方法を見つけてくれる。さっき、君が息を詰まらせて苦しんでいるのを見て、俺は本当に胸が張り裂けそうだったんだ……」

 温かい涙。

 けれど私には、それがひたすら冷たく感じられるだけだった。

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