第2章
きっぱりと、私は手を引き抜いた。
ベッドを取り囲む三人を見やる。かつてなら温かな家族の光景に思えたであろうそれも、今はただ胃の中をひっくり返されるような嫌悪感を覚えるだけだった。
「気にしないで」
無理やり口角を引き上げ、私は笑みを作った。
「イザベラはずっと、拒絶反応に苦しめられてきたんだもの。私は姉だもの、これくらいの苦しみ、彼女の身代わりだと思えばなんてことないわ」
「イザベラはすぐに、完全に良くなるわ」
母が、ぽろりと口を滑らせた。
言葉が落ちた瞬間、病室の空気が凍りついた。
失言に気づいた彼女の顔から、さっと血の気が引いていく。
父が歩み寄り、ベッドの縁に腰を下ろした。特有の威圧感がどっと押し寄せてくる。
「君が意識を失っている間に、イザベラに適合する血液のドナーが見つかったんだ」
彼の大きな掌が、私の背中をポン、ポンと叩く。かつてはあれほど求めてやまなかったその温もりも、今ではまるで死神の足音のように響いた。
「安心しなさい。イザベラを救ったように、君のことも必ず救ってみせる。父さんは君を愛しているからね」
愛?
彼の腕の中で、私は顔を上げた。二十年もの間、私が心から崇拝してきた顔。そして、微塵も疑うことのなかったその瞳。
すべては、偽りだった。
「私が手術を受けていたその時に」
私は彼の瞳の奥をじっと見据え、ふわりとした声で言った。
「イザベラに『ちょうど』適合者が見つかったの?」
彼の体が、一瞬にして強張った。
私の背を叩いていた手は空中でピタリと止まり、不自然に宙を彷徨っている。
母は顔を背け、マルコは穴があきそうなほど床を睨みつけていた。
「エレナ……」
「冗談よ、お父さん」
その息の詰まるような抱擁からすっと抜け出し、私はさらに笑みを深めた。
「イザベラが良くなるなんて、私、誰よりも嬉しいわ」
三人は示し合わせたかのように、一斉に安堵の息を漏らした。
その見事なまでの変わり身が、ひどく滑稽に映る。彼らを見つめながら、私はただただ笑いが込み上げてくるのを覚えた。そう、あなたたちの目には、私はまだ飴玉一つで言いなりになる、従順な馬鹿に見えるのね。
「エレナ」
父は弾かれたように立ち上がった。皺の寄ったスーツを直す暇すら惜しむように。
「急ぎの用件が入っていてね。ゆっくり休むといい」
「行って」
彼の視線を真っ向から受け止め、私は言った。
「私よりも、イザベラの方があなたたちを必要としているわ」
父の顔に張り付いた笑みが、一瞬だけ引きつった。何かを言いかけて口を開いたものの、結局何の弁解もせず、背を向けて歩き出す。母も慌ててその後を追い、ハイヒールが床を叩く音が、甲高く耳障りに響き渡った。
まるで、逃げ出すかのように。
病室にはマルコだけが残された。
彼は連れ立って去っていく二人の背中を見送り、扉が完全に閉まりきるまで視線を外さなかった。椅子に腰掛けたまま、苛立たしげに肘掛けを指先で叩いている。視線は宙を泳ぎ、落ち着かない様子だ。立ち去りたいのに、ここに留まらざるを得ないという焦燥感が滲み出ている。
かつて私が深く愛したこの男を見つめ、口元に冷たい笑みを浮かべた。
無意識のうちに、平らな下腹部へと手が伸びる。そこには確かに命が宿っていたというのに、今残されているのは、永遠に癒えることのない傷跡と——「二度と子供を産めない身体」という無残な宣告だけ。
「あなたも行って、マルコ」
「どうせこの子はもういないのだから、無理して私に付き添う必要なんてないわ。イザベラのところへ行ってあげて。あの子が、あなたたちの唯一の希望なんでしょう?」
言い終わるや否や、急所を突かれたかのように、彼は勢いよく立ち上がった。
「エレナ、そんな言い方は……」
彼は少し言葉を濁し、再び口を開く。
「……それじゃあ、ゆっくり休んでくれ」
彼は身をかがめ、私の額に口づけようとした。私がふいと顔を背けると、その嘘くさい謝罪のキスは、私の髪の毛へと落ちた。
彼は一瞬動きを止めたが、何の言い訳も口にせぬまま、足早に扉へと向かった。
ドアが閉まったその瞬間、私は枕元に手を伸ばし、スマートフォンを探り当てた。
震える指先で文字を打ち込み、返信を送る。
「組織に入ることを決意しました」
送信ボタンを押した直後、スマートフォンが振動した。
「覚悟は決まったか」
電話の向こうの声は低く、感情の起伏が全く感じられない。
「一度加入すれば、三年間は一切の連絡を絶つことになる。家族、友人、すべては君の過去の中で死んだものとしなければならない」
「決まっています」
通話が切れた。
スマートフォンを握りしめたまま、指先がふと画面の録音アイコンに触れた。赤いランプが点滅している——再生中だ。
私は息を呑んだ。
これは、私が手術室に運ばれたあの日に録音したもの。三時間。彼らの虚言から、本性が露わになるまでのすべてが収められている。
私は再生ボタンを押した。
ノイズ。ストレッチャーの車輪が転がる音。医療器具がぶつかり合う音。麻酔医のカウントダウン。そして——
「サルヴァトーレさん、これでようやくイザベラが助かります」
マルコの声だった。まるで私の耳元で囁いているかのように、はっきりと聞こえる。
目を閉じ、そのおぞましい企みが耳に流れ込むがままにした。
少なくとも、神は私に味方してくれたようだ。
入院してからの日々、マルコは毎朝十時に必ずやって来た。
私の手を握りながら、どうでもいい世間話を並べ立てる——今日は天気がいいだの、仕事が順調だの、イザベラの回復が早いだの。そして頻繁に腕時計を気にし、適当な相槌を打った後、逃げるように帰っていくのだ。
両親は夕方に顔を出す。
滞在時間は二十分。お決まりの挨拶と、空々しい気遣い。決まり文句はいつも「イザベラから目が離せないから」だった。
私はその度に、笑顔で頷いてみせた。
逃げるように去っていく彼らの背中を見送りながら、私は思う。さぞかし芝居を打つのも疲れることでしょう。本当にご苦労様なことね、と。
深夜、寝静まった病棟の廊下から、看護師たちの噂話が遠慮なく鼓膜を打つ。
「エレナさんが襲撃されたその日に、イザベラさんに適合する血液のドナーが見つかったなんて。いくらなんでもできすぎじゃない?」
「偶然なわけないじゃない。きっとサルヴァトーレさんが最初から仕組んでたのよ。エレナさんを連れ戻したのも、あの隠し子を生かすためだったのね」
「それじゃエレナさん、あんまりだわ。実の父親に、歩く血液バンク扱いされてたなんて」
「しっ、声が大きいわよ。誰かに聞かれたら……」
ひそひそ声は、やがて遠ざかっていった。
暗闇の中、ベッドに横たわったまま天井を見つめる。
胸の奥で力強く波打つ心臓の鼓動が、この血塗られた真実を嫌というほど私に突きつけてくる。
サイドテーブルには、マルコが昼間に持ってきたケーキが置かれていた。イザベラの回復を祝うためのものだ。
私は手を伸ばしてそれを掴み取ると、乱暴に包み紙を引き裂いた。暗闇の中、甘すぎてかえって苦味すら感じるクリームを、大きな口を開けて次々と胃の中へと流し込む。音もなく涙が頬を伝い落ちるが、私は構わず、さらに強く噛み締めた。
私は生き延びる。
たとえこの体がとうにボロボロになっていようと、このお腹に二度と命を宿すことができなくなっていようと——
それでも、この体は私のものだ。
生きてさえいれば、今日流した血と涙を、何倍にもして奴らに返してやれるのだから。
