第3章
今度は直樹だった。バーでの仕事を終えたばかりといった様子だ。黒髪は少し乱れ、高校時代から数えきれないほどのハートを射抜いてきた、あの気楽で屈託のない笑みを浮かべている。
「よぉ、遥」彼は歩み寄ってきて、私の頬に気軽なキスを落とした。「ミュージックナイトの件、話せるかい?」
亮介の視線が鋭くなるのを感じた。「直樹、こちらは新しく来た獣医の冬木亮介さん。亮介さん、こっちが川村直樹。〝隠れ家〟のオーナーよ」
直樹は手を差し出したが、その立ち姿にはどこか私を庇うような気配があった。この場の緊張を察知して、いざとなれば割って入る準備ができている、とでも言うように。
「はじめまして」と直樹は言ったが、その声色には歓迎の色など微塵もなかった。
亮介は短くその手を握った。「初めまして」
二人の男は、互いを嫌うべき相手かどうかを見極めようとする男特有のやり方で、値踏みし合っていた。直樹は気さくで親しみやすく、高校時代にスポーツをやっていて今も定期的にジムに通っている、そんな体つきだ。一方の亮介は、より物静かで、常に自分を厳しく律しているかのように、どこか尖った雰囲気をまとっている。
「で、この町には新しく?」と直樹が言った。それは質問というより、探りを入れているようだった。
「最近、越してきたんです」と亮介は答えた。「東京から」
「そりゃ大きな変化だな。何でまた白峰町に?」
亮介の顎がわずかにこわばった。「個人的な事情です」
直樹はそれで全てを納得したかのように頷いたが、その頭の中では何かが高速で回転しているのが見て取れた。彼は昔から人を見るのが得意で、そして今、亮介を潜在的な脅威として分析しているのだ。
「遥さんとは、保健所の規定について話していたところです」と亮介が、慎重にニュートラルな声で言った。
「へぇ、そうなのか」直樹はさらに身を寄せ、彼の腕が私の腕に触れた。「そりゃ重要だな」
言葉の裏にある意味が、手に取るように濃密だった。直樹は縄張りを主張し、亮介は目にするもの全てを品定めしている。そして私は、困ったことにその真ん中に挟まれていた。
「そろそろ行こうぜ」と直樹が私に言った。「勇を待たせるのも悪い」
勇は彼の店のバーテンダーで、木曜の夜の〝隠れ家〟はいつも混んでいる。直樹は、カフェの機材を正式に決める前に、アコースティックセットの試奏ができるようにと、店の音響システムを使わせてくれると申し出てくれていたのだ。
「そうね」私はカウンターの後ろからジャケットを掴んだ。「冬木さん、規定の件は調べてまたご連絡します」
亮介は素っ気なく頷いた。「連絡をお待ちしています」
直樹が私のためにドアを開けてくれ、私たちはひんやりとした夕方の空気の中へ足を踏み出した。太陽が山々の向こうに沈みかけ、空をピンクとオレンジの色合いに染めている。私がこの場所を恋しく思っていた理由を思い出させてくれる光景だった。
「知り合いか?」トラックに向かって歩きながら、直樹が尋ねた。
「今日、初めて会った人よ」
「ずいぶんお前のこと気にしてたみたいだったが」
私は鼻を鳴らした。「ええ、そうね。私のカフェを潰す理由を探すのに夢中だったみたい」
直樹は足を止めた。「本気か?」
「わからない。でも、そうかも。とにかく、私のことは絶対に気に入らないみたい」
「あいつの見る目がないだけだ」
直樹のトラックに着いたとき、数台先に停まっている高級セダンが目に入った。ボンネットが開いていて、その隣には亮介が携帯電話を耳に押し当てて立っている。ここからでも、通話がうまくいっていないのがわかった。
「都会のお坊ちゃんは車のトラブルかい」と直樹が言った。
亮介は電話を切ると、手で髪をかき上げた。消えゆく光の中で、彼の姿は威圧的というより苛立っているように見え、もしかしたら、少し途方に暮れているようにも感じられた。
「行こうぜ」直樹はトラックのドアを開けながら言った。「俺たちには関係ない」
でも、私はためらってしまった。確かに、亮介はとんでもなく嫌な奴だった。それに、私のことを田舎町の厄介者か何かだと決めつけているのも明らかだ。でも、困っている人を見捨てて立ち去るような人間にはなりたくなかった。
「遥」直樹の声は優しかったが、有無を言わせぬ響きがあった。「行くぞ」
亮介が携帯電話から顔を上げ、私たちが見ていることに気づいた。一瞬、再び視線が交差し、彼の顔に何かがよぎるのを見た。プライド、だろうか。それとも、気まずさか。
すぐに彼は視線をそらし、また携帯電話に目を戻した。
私は鍵を手に、その場に立ち尽くしていた。正しいことをするべきか、それとも、私に対してすでに一方的な決めつけをしている男から自分を守るべきか、心が引き裂かれていた。
「彼を助けるわ」
直樹は、私が正気を失ったとでも言いたげな顔で私を見た。「遥、よせよ。あいつのこの前の態度を忘れたの?」
「わかってる」私は彼に自分の鍵を渡した。「でも、彼をあそこに置き去りにはできない」
「できるさ。それを自己防衛って言うんだ」
亮介はまだ車のそばに立って、携帯電話を耳に押し当てていた。その身振りから察するに、どんな話をしているにせよ、うまくいってはいないようだった。
「五分だけ」と私は言った。「それでも彼が嫌な奴のままなら、帰るから」
直樹はため息をついた。「お前はお人好しすぎるんだよ」
私たちが亮介の車に歩み寄ったのは、ちょうど彼が電話を切ったときだった。間近で見ると、彼の顔には苛立ちがはっきりと刻まれていた。先ほどの完璧な冷静さは、ひび割れ始めている。
「車のトラブル?」私は、分かりきったことを尋ねた。
亮介が顔を上げると、一瞬、当惑のようなものがきらめいたのが見えたが、すぐに仕事用の仮面が元の位置に戻った。
「バッテリーが上がったんです」と彼は言った。「レッカー車が来るまで、少なくとも一時間かかると」
「最悪ね」私はボンネットの中を覗き込んだ。エンジンは高価で複雑そうに見える。父さんがガレージでいじっていた、あのオンボロのフォードとは大違いだ。「ジャンパーケーブルは持ってる?」
「トランクに」
直樹が私に非難がましい視線を送ってきたが、無視した。「直樹の車はトラックよ。バッテリーを繋いでエンジンをかけてあげられるわ」
亮介はためらった。まるで、私からの助けを受け入れることが肉体的な苦痛でもあるかのように。
「結構です」と彼はついに言った。「レッカーを待ちます」
「馬鹿なこと言うなよ」と直樹が言った。「五分で終わる」
亮介の表情に変化があった。暗い駐車場で一時間も立ち尽くすことと、自分のプライドと現実を天秤にかけているのかもしれない。
「もし、それほどご迷惑でなければ」
直樹はもう自分のトラックに向かって動き出していた。「お前って奴は本当にひねくれてるな」
二十分後、亮介の車は依然としてうんともすんとも言わなかった。
「もう一回やってみて」私はバッテリーの端子をいじくり回してグリスまみれになった手で、そう叫んだ。
エンジンは回転するだけで、かからなかった。またしても。
「バッテリーじゃないわ」私は直樹がトラックに常備している古い布で手を拭きながら言った。「オルタネーターの問題みたいね」
亮介は車から降りて、私をじっと見つめた。「どうしてそんなことがわかるんですか?」
「子供の頃、父さんに車の基本を教わったの」その記憶は、予想以上に強く胸を打った。辛抱強く、励ましながら、オイルのチェックやタイヤ交換の仕方を教えてくれた父さんの姿。「父さんは言ってたわ。女は誰でも自分の身を守る方法を知っておくべきだって」
亮介の表情は読み取れなかった。「それは……いいお父さんですね」
「ええ、まあ。父さんはとてもいい人だよ」
直樹の携帯が鳴り、彼は明らかに安堵した様子でそれに目をやった。「勇がバーで俺を呼んでる。ビールの配達で緊急事態だって」
彼が嘘をついているのはわかったが、そこは突っ込まなかった。亮介を助け始めてからずっと、彼は立ち去る口実を探していたのだ。
「行って」と私は言った。「私は後で剛の車で送ってもらうから」
直樹は私に最後の警告めいた視線を送った。「家に着いたら連絡しろよ」
「するわ」
彼はトラックに乗り込むと走り去り、深まる闇の中に私と亮介だけが取り残された。
