第2章
彼がノックする前に、私はドアを開けた。
「またキツネのパンケーキを食べに来たの?」と私が訊くと、彼は本当に笑った。昨日のような、気を遣った丁寧な作り笑いじゃない。本物の笑顔だった。
「はい、お願いします、莉奈奥さん」
「莉奈でいいのよ、坊や」
二度目の訪問が三度目になり、やがて四度目になった。週の終わりには、私は三時二十分になると時計を気にするようになっていた。彼のリュックサックがドアフレームにこつんと当たる、あの聞き慣れた音を待ちながら。
彼は毎日きっかり三時半にやって来た。時計のように正確に。
学校が終わるのは三時十五分ごろなのだろう。そこからここまで歩いてくるのに、ちょうどいい時間だ。いつも同じことの繰り返し――キツネのパンケーキを注文し、きっちり数えた500円の小銭で支払い、帰る前に静かに「ありがとうございました」と言う。
七日目、彼が食べ終えた後、空いているテーブルに目をやっているのに気がついた。
「どこか行かなきゃいけないところでもあるの?」と私は訊ねた。
「べ……別に」
「そう、急いでないなら、テーブルを拭くのを手伝ってくれないかしら。ランチのお客さんって、小さい子より散らかすんだから」
彼の顔がぱっと輝いた。「それ、できます」
そして、彼は本当にそれをやってのけた。迷いなく、手際よく、そして何よりも徹底的に。桜浜市で雇っていたアルバイトの子たちが束になっても敵わないほどの、見事な手並みだった。まるで何十年もこのダイナーで働いてきたかのように、彼は淀みなく店内を動き回る。使い終わった皿は音もなく重ねられ、テーブルの表面は瞬く間に磨き上げられ、シュガーディスペンサーは寸分の狂いもなく整然と並べられていく。その完璧な仕事ぶりに、私はただ呆然と立ち尽くすしかなかった。
「どこでテーブルの片付け方を覚えたの?」と私は訊いた。
「パパが……ええと、何て言うんだろう…… バー? をやってるんだ」彼は肩をすくめた。「時々、人手が足りない時に手伝うんだ」
「それでプロみたいな手つきなのね」
彼はその言葉に満面の笑みを浮かべた。本当に、輝くような笑顔だった。
二週目に入るころには、常連客も彼に気づき始めていた。
最初に声をかけてきたのは長谷川奥さんだった。「莉奈ちゃん、感心な子を捕まえたわね。すごく礼儀正しいじゃない」
「私の子じゃないですよ」と私は反射的に答えてから、その言い方に妙な気分になった。「いえ、その、放課後に寄ってくれるだけなんです」
「あら、まあ、誰が育てたにせよ、立派に育てたものね。近頃は行儀のいい子なんて滅多に見ないわよ」
毎週火曜日にコーヒーとパイを食べに来る森本大地さんは、蓮が頼まれもしないのにテーブルを片付けるのを見て、感心したように頷いた。「あの子は勤労意欲があるな」
私はこうした会話が楽しみになってきていた。お客さんたちとだけでなく、蓮との会話も。彼が話す言葉は日に日に上達していったし、私はと言えば、わざとフランス語の厨房用語を教えては、自分の下手な発音に彼が笑うのを聞くのが好きになっていた。
賢い子。賢すぎるくらいかもしれない。
そのことに気づいたのは、彼が隅のボックス席で宿題をしてもいいかと訊いてきたときだった。大半は算数のワークシートだったが、中には外語の課題もあって、それを見て私は彼がおそらくクラスで一番賢い子なのだろうと悟った。
「『僕のヒーロー』っていうこの作文、」私は彼の方の上から覗き込みながら言った。「おばあさんのこと書いたの?」
「亡くなる前に、おばあちゃんが英語を教えてくれたんだ。世の中に出たときに役立つからって」
「他には何を教えてくれたの?」
「物語だよ。古いしきたりの話。美波族の物語、わかる? 動物とか、森とかの話」彼の声が少し柔らかくなった。「パパは、僕がそういう話をするのが好きじゃないんだ。古臭いって言うから」
その声色にはもっと質問したくなる何かがあったけれど、私は踏み込まないことを覚えていた。子供というものは、話したいときに話すものだ。
二十五日目、彼はいつもより口数が少なかった。パンケーキをがつがつと平らげる代わりに、フォークでつついている。
「何かあった?」と私は訊いた。
「美咲が、赤ちゃんを産むんだ」
思い出すのに一瞬かかった。「継母さん?」
「うん」その声に嬉しそうな響きはなかった。「パパはすごく喜んでる。最近、『本当の家族』ができたって、そればかり言うんだ」
胃がずしりと重くなった。その気持ちはよくわかる。自分はもう十分ではないのだと、誰かが自分の居場所を奪っていくのだと悟る、あの瞬間。
「きっと、そういう意味で言ってるんじゃないわよ」と言ってみたものの、自分の言葉が空々しく響いた。
「そうかもね」彼は皿の上でシロップを押し広げた。「赤ちゃんが生まれたら、青葉市に引っ越したいんだって。この町は小さすぎるって言ってる」
「あなたはどうしたいの?」
彼は驚いたように私を見上げた。まるで、そんなことを訊かれたのが初めてだと言わんばかりに。
「僕はここが好きだよ」と彼は静かに言った。「木々が好き。それに……それに、ここに来るのが好きなんだ」
「そうね……あなたはいつでも歓迎するわ、蓮。何があってもね」
三日後、彼は二十分遅れて現れた。その目は泣いた後のように赤く腫れ上がっていた。
私は、彼の過去について何も尋ねなかった。ただ、黙って彼のパンケーキを焼いた――いつもの二枚ではなく、彼の胃袋を満たすように、きつね色の生地を三枚。そして、香ばしいベーコンを一枚、そっと添えた。
彼が慣れた手つきで財布を取り出し、支払おうとしたその瞬間、私は静かに、しかしはっきりと手を振ってそれを制した。その仕草には、言葉以上の、温かい感謝と、ささやかな思いやりが込められていた。
「今日はサービス」
「でも……」
「いいから。誰にだって、辛い日くらいあるものよ。わかるわ」
彼はゆっくりと、機械的に食べた。家で何があったにせよ、それはひどいことだったに違いない。
やがて、最後の一口を食べ終えると、彼は私を見上げた。
「莉奈?」
「なあに、坊や?」
「もうここに来ちゃいけないって、彼女が」
その言葉は、平手打ちのように私を打ちのめした。皿を洗っていた私の手が止まる。
「誰がそんなことを?」
「美咲が。彼女が言うには……」彼はごくりと唾を飲み込んだ。「赤ちゃんのためにお金を貯めないといけないからって。それに、僕があなたの迷惑になってるって」
「迷惑なんかじゃないわ」自分でも意図したより、鋭い声が出た。「あなたは一度だって私の迷惑になんてなったことないわ、蓮。一度もよ」
「そう言ったんだけど、でも彼女は……」彼の声が裏返った。「色々なことを言われたんだ」
彼の家まで車を飛ばして、その美咲という女に文句の一つも言ってやりたかった。自分の問題を子供にぶつけるような大人をどう思うか、はっきりと言い聞かせてやりたい。でも、それは私の役目じゃない。私は彼の母親ではないのだから。
そうなれるかもしれないと、感じ始めていたとしても。
「明日は土曜日よ」私は慎重に言葉を選んで言った。「学校はないでしょ。もしよかったら、朝食の忙しい時間帯を手伝いに来ない?」
彼は声を出さずに、こくりと頷いた。
彼が帰った後、私がカウンターを拭いていると、ラジオから雑音混じりに天気予報が流れてきた。この地域に暴風警報。夜通し大雪が予想され、風速は時速六十キロに達する見込み。
私は窓の外の灰色の空を見上げ、胸の中に不安が広がっていくのを感じた。
どうか無事でいて、と私は思った。ただ、どうか無事で。
