第2章
一睡もできなかった。
昨夜のあの言葉――「自分で終わらせない限りは」――が、呪いのように頭の中で響き続け、暗く長い夜の間、私を苛み続けた。
昼休みを告げるチャイムが鳴ったとき、私は「その時が来た」と悟った。
気がつくと、校舎の屋上に向かって歩いていた。そこは誰も来ない――完璧な場所だった。
リュックの中のカッターナイフを固く握りしめる。手のひらは、すでに汗でぐっしょりと濡れていた。廊下の窓から差し込む太陽の光が床に光と影のまだら模様を作り出している。それはまるで、お父さんのアトリエで延々と繰り返された、終わりの見えない光と影のデッサンのようだった。
屋上のドアを押し開けると、午後の風が顔を撫でた。
ここは静かで、遠くの車の騒音が聞こえるだけだった。私は放置された物置箱のある隅へと歩み寄る。そこでなら、静かに……すべてを終われる。
「やっと……これで、終われるんだ」
物置箱の陰に座り込み、震える手で鋭いカッターナイフを取り出した。午後の日差しを浴びて、刃が冷たく光る。それは、お父さんの瞳に宿る怒りのように、鋭かった。
自分の手首に目を落とす。そこには昨日の痣がまだ残っていた。たった一本、線を間違えただけで、お父さんが物差しで私を酷く殴ったときにできた痕だ。今、この痕の上に、新しい傷を重ねようとしていた。
「お母さん、ごめんなさい……」目を閉じると、私の声は風に掻き消された。「もう、頑張れないよ」
刃が皮膚に触れた瞬間、鋭い痛みが走った。傷口から血の雫が滲み出し、鮮やかな赤い絵の具のように、灰色の地面に落ちた。
深呼吸をして、一気に力を込めようとした、その時――
「おい!」
屋上の入り口から声がした。
恐怖に目を見開くと、背の高い人影がこちらへ大股で歩いてくるのが見えた。スケッチブックを抱えている。どうやら、景色を描きに屋上へ来たらしい。
眩しい逆光の向こうに、驚きに見開かれた、澄んだ青い瞳が見えた。
「何をする! そのカッターを置け!」少年は駆け寄ってくると、ためらうことなく私の手からカッターナイフを奪い取った。
私が反応する間もなく、彼は屈み込んで手首の血に気づくと、すぐに自分のTシャツの裾を破り取った。
「動くな、手当てしてやる」その声は、夢を見ているのかと錯覚するほど優しかった。
十四年間生きてきて、こんなに優しい言葉をかけられたのは、初めてだったから。
私は彼を知っていた――田中翔太先輩。美術室でいつも面白い漫画を描いている、あの先輩だ。彼も、絵を描きに屋上へ来たのだろう。
「どうして……」声が掠れて、うまく言葉にならなかった。
先輩は、まるで大切な芸術品を扱うかのように、その布切れで丁寧に私の傷を縛ってくれた。お母さんがこっそり傷の手当てをしてくれる時以外、こんな優しさに触れたことはなかった。
「こんなことをしなきゃいけない理由なんて、どこにもないからだ」彼は顔を上げ、その青い瞳でまっすぐに私を見つめた。「何があったって、そんな価値はない」
私は呆然と彼を見つめる。頭の中は、真っ白だった。私の世界には、お父さんの怒鳴り声と、お母さんの涙と、終わりのない苦しい練習しかなかった。誰かがこんな声色で私に話しかけてくれるなんて、知らなかった。
「俺は田中翔太」手当てを続けながら、彼は言った。「君のことは知ってる。桜井絵梨。美術室でいつも一人で絵を描いてる天才少女だろ。よく練習してるところを見かけるけど、いつも一人で、誰とも話さないよな」
衝撃だった。ずっと、私のことを見ていてくれたの?
「俺も美術部にいるんだ」先輩は続けた。「でも、絵って本当は楽しいものだと思うんだ。君が絵を描いてるときの顔を見るたび、胸が痛くなる――全然、幸せそうじゃないから」
楽しい?
その言葉の意味を、私は忘れかけていた。私の記憶の中で、絵を描くことは苦痛と、血と、終わりのない完璧さへの要求でしかなかったから。
「どうして……どうして私を助けたの?」私はようやく声を取り戻した。
先輩は手を止め、真剣な顔で私を見つめた。「君の目を見たからだ」
「私の、瞳?」私は思わず自分の顔に触れた。お父さんはいつも、私の眼差しは弱々しく、決意が足りないと言っていた。
「君の瞳には光がある」先輩は言った。「今は悲しみに曇っているけど、俺にはわかる。君の目には、絵を描く人だけが持ってる光がある――消えちゃいけない光だ」
こんな風に私を表現してくれた人は、初めてだった。
お父さんの目には、私はただの道具――彼の教育哲学を証明するための道具、彼の夢を叶えるための道具でしかなかった。でも、この少年は私の瞳に光があると言ってくれた。
「それに……」先輩は自分のスケッチブックに目をやった。「さっき君がそうやって座っているのを見たとき、まるで悲しみの絵みたいだった。一番苦しい瞬間でさえ、君には芸術家としての資質がある。そんな美しさは、消えちゃいけない」
彼のスケッチブックに目をやると、そこには描きかけの空と雲があり、その線は生命力に満ちていて、自由に流れていた。
私が描くことを強いられてきた「完璧な」作品とは、全く違う。
「まだ血が出てるな」先輩は心配そうに私の手首を見て言った。「すぐに手当てしないと」
彼は立ち上がると、私に手を差し伸べた。「行こう、保健室まで付き添ってやる」
差し出された手を見て、私は長い間ためらった。お父さんに力ずくで引っ張られる以外、自ら誰かと手をつないだことなどなかった。ましてや、男の子の手なんて。
やがて、私は震える手を伸ばし、彼の手を握った。
その手は温かくて力強く、今まで一度も感じたことのない安心感を私に与えてくれた。
屋上から保健室までの道中、先輩はずっと私を慎重に支えてくれた。誰かに気遣われるという感覚は、慣れないけれど、温かかった。
保健室で、養護教諭はあっさりと私の傷を手当てした。先輩はずっとそばにいてくれて、時折、心配そうに気分はどうかと尋ねてきた。
「痛むか?」と彼が訊いた。
私は首を横に振った。お父さんから受ける痛みに比べれば、こんな小さな傷は何でもない。痛みには慣れていた。血を流すことにも、すべての苦しみを飲み込むことにも、慣れていた。
保健室を出た後、先輩は私を空き教室へ連れて行った。
「面白いもの、見たいか?」彼はリュックから分厚いスケッチブックを取り出した。「俺が暇な時に描いてるものだ」
彼がスケッチブックを開くと、私の世界は一瞬にしてひっくり返された。
そこには面白い漫画のキャラクターたちがいっぱいだった――三つ目の宇宙人、踊る鉛筆、バレエのチュチュを着た恐竜。
これらの絵は、私の芸術に対する考えを全部ひっくり返した。
私の世界では、絵画は真面目で、正確で、完璧でなければならなかった。一筆一筆が慎重に考え抜かれ、一本一本の線が正しい比率に従い、一つ一つの影がミリ単位まで精密でなければならなかった。線を一本間違えれば、殴られた。
でも、先輩の絵は、自由で、楽しそうで、見ているだけで嬉しくなった。
「これは俺の自画像」先輩はベレー帽をかぶった面白い小さなキャラクターを指さした。「ひどいだろ?」
私はその小さなキャラクターを長い間見つめた。歪んでいて、比率もめちゃくちゃだ――お父さんの基準で言えば、完全なゴミだった。
でも……でも、とても幸せそうに見えた。
突然、私の口角が、抑えきれずに上がった。
そして、私は微笑んだ。
それは、十年ぶりに心から浮かべた、本物の笑顔だった。
