第3章

 前世の私は、その動画が出回りはじめて間もない頃に、それを目にした。

 映像は粗く、遠目から撮られていて、手ブレもひどかった。まるで高いところから、誰かがこっそり見下ろしながら録画したような角度。屋上のテラス、監視カメラの死角だと言われる突き当たりの壁際で、二つの人影がぴったり寄り添っている。

 顔は判別できない。輪郭だけの影。重なり合う身体。寄り添い、動く二つの影。

 男が誰なのかは誰にもわからなかった。だが、ジェイクの「断定」によって、会社中が「女は私だ」と決めつけた。

 私は必死に弁解した。話を聞いてくれそうな相手は片っ端から当たった――同僚、友人、果ては人事部長にまで。違う、と。あれは私じゃない、と。私はマーカス・ヘイルに触れたことすらない。誰かと一緒にあの屋上に行ったこともない。

 誰も信じなかった。

 私は正式に申し立てを出した。戦う覚悟もあった。けれど、動き出す前に部長が介入し、話は握り潰された。

 部長は私を奥の個室に呼び、扉を閉め、机を挟んで向かいに座らせた。口調は落ち着いていて、どこか同情的ですらあった。

「イーヴィ、今は真実がどうかなんて関係ない。問題なのは、これが会社のイメージに与えた影響だ。役員会では、君を切る方向で話が進んでいる」

 私は震えながら、映像の女は私じゃないと言った。

 部長はため息をつき、背もたれにもたれて指を組んだ。「部長としては、もちろん君を信じているよ。だが、他の社員たちは信じていない。そしてこれはもう、私の手には負えないところまで大きくなってしまった。社長とも話をした。解雇はしない――ただし条件付きだ。休職してくれ。長めにな。騒ぎが収まるまで距離を置いてほしい。その後で、復帰を考えよう」

 絹で包んだような言葉だったが、中身は刃物だった。

 私は食い下がった。調査がしたい、と。誰がこの動画を撮ったのか突き止めたい、と。正義がほしい、と。

 部長の声色が変わった。

「証拠もない調査は、事態を悪化させるだけだ。君にとっても、皆にとっても。これ以上押すなら、イーヴィ、私は君を守れない」

 その圧に、私は折れた。机の上を段ボール箱に詰め、箱を抱えてビルを出た。マスカラは頬を黒く流れ、顔はぐしゃぐしゃだった。

 だが、会社を去っても悪夢は終わらなかった。

 帰宅すると、動画はすでに家族のもとにも届いていた。

 居間で父が待っていた。顔色は灰のように青ざめている。母は隣でティッシュを握りしめ、私と目を合わせようとしない。近所の人がリンクを送りつけたのだ――「新星賞か、それとも炎上スキャンダルか?」などというスレッドに添えられた、あの動画を。そして二人は、私の話を聞く前に結論を出していた。

 恥さらしだ、と罵られた。家名に泥を塗った、と言われた。私の説明などどうでもよかった。泣きじゃくって息もできないほどなのに、それすら見ようとしなかった。

 出て行け、と言われた。冗談じゃない、本気の声だった。

 全部の重さが私を押し潰した。食べられない。眠れない。あらゆる瞬間が、あらゆる言葉が、あらゆる蔑みの視線が、何度も何度も頭の中で再生される。かつて笑いかけてくれた人たちの冷たい目が、刃になって突き刺さる。鬱に押し潰されそうになり、私は完全に孤立していた――私が潔白だと信じてくれる人間が、たった一人もいなかった。

 ある夜、闇があまりにも重く、もう生きる理由が見えなくなったとき、私は終わらせることに決めた。

 その最後の夜、私は動画をもう一度だけ見た。これまで何百回も再生したはずだ。けれどそのとき――その一度だけ――映像が一瞬、引っかかった。風が女のスカートをあおり、裾がほんの少し持ち上がる。

 見えた。

 ふくらはぎの内側にある痣。ワイン色で、不規則で、まるで赤ワインを一滴こぼしたみたいな形。

 私はその痣を知っていた。

 セリーナが一度だけ見せてきたのだ。社員旅行で泊まったホテルのプールサイドで、彼女は自分の脚を指さして笑いながら、「これ、ブサイクでさ。だから短いスカート履けないのよね」なんて愚痴っていた。

 動画の女は、私じゃなかった。

 セリーナだった。

 真実を知ったまま、私は死んだ。そして――次に目を開けた。

 今、私は同じ廊下に立っていた。同じ建物、同じ顔ぶれに囲まれて。そしてジェイクがスマホを掲げ、見覚えのある動画を画面に流しながら、口の端を大きく吊り上げている。

「ほらな」と彼は得意げに言った。「とぼけるなよ。どう見てもお前だろ。これ、グループチャットで何週間も出回ってんだぜ? 俺が止めてなかったら、全社の掲示板にとっくに流れてたぞ」

 まるで勲章でも欲しがるみたいに言う。

 周りの人間が首を伸ばして覗き込む。スマホが次々と取り出される。もうスクリーンショットを撮っている奴もいた。ひそひそ声が始まる――低く、粘つくような囁きが、ウイルスみたいに群衆の間を這っていく。

 ジェイクはその視線を餌にして、ますます調子に乗った。「で? 今さら何か言う訳あるかよ、イーヴィ?」

 私が崩れるのを期待している。

 けれど私は、呼吸を整えた。視線を一度も逸らさず、彼の目を見据えた。

「動画があると言ったわね。今、見せた。いいわ」声は平坦で、冷たく制御されていた。「じゃあ聞くけど。もし、あの動画が本当で、私に記憶がないとしたら――それは何を意味する?」

 ジェイクが瞬きする。にやけた笑みが揺らいだ。

 立て直す時間は与えなかった。

 私は自分のスマホを取り出した。手は不思議なくらい静かだった。

「もしもし、警察ですか?」廊下にいる全員に聞こえるよう、はっきりと言った。「暴行被害の通報です。私は知らないうちに被害を受けました。目撃者と映像証拠があります。容疑者の逃走を防ぐため、至急、警察官の派遣をお願いします」

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