第2話
結婚式の翌朝、私は早起きした。
広大な邸宅はまだ朝靄に包まれ、まるで一枚の油絵のように静かだ。
私はシルクのナイトガウンを纏い、冷たい大理石の床を裸足で歩き、大きな窓の前に立った。
女執事のマヤが、湯気の立つブラックコーヒーを丁重に運んできた。
「ドナ、朝食の準備ができました」
「イーサンとクロエは?」
私はコーヒーを一口含み、尋ねる。
「昨夜は、お戻りになりませんでした」
マヤが答える。
私は冷笑した。
――逃げるつもりか?なんて甘いんだ。
「誰かをやって、二人を連れ戻しなさい」
私はコーヒーカップを置き、淡々と言った。
「もし三十分以内にダイニングに現れなければ、二度と戻ってこなくていいと伝えなさい」
マヤの瞳が一瞬揺れたが、それでも恭しく頷いた。「かしこまりました、ドナ」
三十分後、私は長いダイニングテーブルの上座に座り、皿の上の目玉焼きをゆっくりと切り分けていた。
ヴィクターは私の右隣に座り、今日の新聞を読んでいる。この家で起こる全てのことに関心がないかのように。
イーサンとクロエがようやくダイニングの入り口に姿を現した。
二人とも一睡もしていないらしく、顔色は青白く、目の下には濃い隈ができている。
イーサンの目は、罠にかかった獣のように、こちらをじっと睨んでいる。
クロエはうつむき、私を見ることも、ヴィクターを見ることもしない。
「こっちへ来なさい」
私は自分の隣の空いた席をナイフで示した。
二人はぎこちなく近づき、私の隣に座る。
「なぜ呼び戻したと思う?」
誰も答えない。
「今日から、あなたたちはこの屋敷に戻って住むのよ」
私は宣言した。
「クロエ、あなたはイーサンの女として、半ばコルレオーネ家の人間でもあるわ。これからは、この家のルールも学ばなければならない」
クロエの体が震える。
「マヤ」
私は女執事を呼んだ。
「今日から、クロエさんに立派な使用人になる方法を教えてあげて」
「なにっ?!」
イーサンが勢いよく立ち上がり、椅子が床を擦る甲高い音を立てる。
「よくもそんなことを――」
「どうしたの?」
私は顔を上げて彼を見上げ、無邪気な笑みを浮かべた。
「私はこの家のドナであり、あなたの母親でもあるわ。あなたのそばにいる分別のない女を少し躾けるくらいで、何か問題でもあるの?」
「お前――!」
イーサンは怒りで肩が上下する。
「座れ」
ずっと黙っていたヴィクターがようやく口を開いた。
新聞から顔を上げることさえせず、ただ淡々とそう言った。
イーサンの怒りは、まるで冷水を浴びせられたようにしぼんだ。彼は私を恨めしそうに一瞥し、不承不承席に戻った。
「クロエ」
私は泣き出しそうな女に向き直った。
「いいわね?」
クロエは下唇を噛みしめ、目に涙を浮かべながら、それでも頷いた。
「よろしい」
私はナプキンで口元を拭う。
「さあ、牛乳を一杯注いで。温かいやつ。でも熱すぎないように」
クロエは屈辱的な表情で立ち上がり、サイドボードへ歩いて行き、不器用な手つきで牛乳を注ぎ始める。
彼女の手は激しく震え、牛乳を床にこぼしてしまった。
私は彼女のみっともない姿を見て、心底楽しんだ。
これこそが私の望んだものだ。かつて彼らが私にしたことを、百倍にも千倍にもして返してやる。
クロエが牛乳を私の前に運び、両手で差し出した。
私はそれを受け取り、ひと目見てから、その手入れの行き届いた顔面めがけてグラスごとぶちまけた。
「熱すぎるわ」
私は淡々と言った。
熱い牛乳が彼女の頬を伝い、肌は一瞬で真っ赤になった。
「あっ!」
クロエが短い悲鳴を上げた。
「お前!」
イーサンが再び激昂し、手を伸ばして私を掴もうとした。
その瞬間、冷たい銃口が彼の額に当てられた。
ヴィクターだ。
彼はようやく新聞を置き、その灰色の瞳には何の感情も浮かんでいない。
「イーサン。お母さまに謝れ」
ダイニングの空気が凍りついた。
イーサンは父親を見つめ、その表情は怒りから驚愕へと変わった。
「父さま――」
「謝れ」
ヴィクターの声は平静そのものだったが、指はすでに引き金にかかっている。
イーサンの額から冷や汗がにじむ。
彼には分かっている。父親が本気だということを。彼は躊躇せず引き金を引くだろう。
ついにイーサンはゆっくりとこちらを向き、一言一言はっきりと言った。
「すみませんでした。お母さま」
彼が屈服する姿を見て、私の胸に快感が走る。
「いいのよ、イーサン」
私は優しく微笑んだ。
「次からは気をつけてね」
私はまだ震えているクロエの方を見て続けた。
「もう一杯注いで。今度は失敗しないでね」
クロエは涙をぬぐい、やけどで赤くなった顔を押さえながら、再びサイドボードへ向かった。
私は知っている。これはまだ始まりに過ぎない。これからの日々で、私は彼女に「生き地獄」とはどういうことかを思い知らせてやるつもりだ。
