第110章 彼の心には空白がある

北条千雪は廊下にいる浅倉英明へ視線を向けると、早足で近づき、もう一度深く頭を下げた。

「お取り計らい、ありがとうございます。すぐに立ち去ります」

浅倉英明は小さく息を吐く。

「行きなさい。身体だけは大事にしろ」

北条千雪は頷いて背を向けた。次の瞬間、堪えていた涙が、もう止まらなくなる。

浅倉英明は冷たく見える態度だった。けれど、彼女の願いを叶え、責めることも咎めることもしなかった。

あの人は、善良で実直な老人だ。やっていることはただ、浅倉家の血筋を守るため――それだけ。

そんな立派な年長者がいたからこそ、浅倉昭彦のような熱い心を持つ後の世代が育ったのだろう。

北条千雪は胸の奥...

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