第86章 私の福山夫人

(牧野結菜の視点)

屋上の隅まで歩き、風を背にして言葉をまっすぐ届ける。

「彼の名前は伏せます。離婚手続き中で、いまは独身だってことだけ説明する」

受話器の向こうが一瞬、沈黙した。やがて、彼の声。

「いい。俺は味方だ。結菜、お前は絶対に一人じゃない」

「ありがとうございます、先輩」

声は最後まで、距離を保ったまま丁寧に。

「でも、やっぱり同じです。これは私の問題です。私が片づけます」

返事を待たせない。約束も慰めも、差し込む余地も与えずに通話を切った。

午後二時。デザイン部の定例ミーティング。

青山明が軽く咳払いをして、低い声で切り出す。

「今日の定例は、通常の進捗報告...

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