第274章

「少し時間、あるかしら? どこか座って、二人だけで話せない?」

 水原雪乃は、黒川綾に対して常々控えめに接しており、言葉の端々にも綾への配慮を滲ませていた。

 かつて水原拓真に傷つけられた際、幾度となく手を差し伸べてくれたのは雪乃だった。そこに何らかの意図が含まれていたとしても、綾の胸中には、雪乃への感謝の念が消えずに残っている。

 一瞬の逡巡を経て、綾は小さく頷いた。

「すぐそこに喫茶店があるの。出勤までまだ時間があるでしょう? そこで話しましょうか」

 綾が応じてくれたことを見て取り、雪乃の顔にぱっと笑みが浮かぶ。彼女は力強く頷くと、綾と並んで歩き出した。

 店に入ると、雪乃...

ログインして続きを読む