第589章

彼女はもう、水原拓真と心穏やかに言葉を交わせる状態ではなかった。

八つ当たりかもしれない――頭ではわかっている。だが、だから何だ。

子どもがさらわれたのは事実だ。水原拓真がやったのではなくても、発端が彼であることに変わりはない。

……何よりも、輝星の命がいちばん大事だ。

黒川綾が絶望のあまり膝をついて懇願しようとした、その瞬間。

かすかな声が、どこかから届いた。

顔色が変わる。黒川綾は大股で駆け出し、足元がふらつきながらも小さな窪地へと辿り着いた。中を覗いた途端、心臓が凍りつく。

「輝星……!」

水の溜まった細い溝の中で、輝星がみっともなく立ち尽くしていた。全身びしょ濡れで、...

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