CH2
伝承によれば、竜王は深い眠りについたという。それ以来、帝国の摂政は真の王妃を見つけ出すためと称して、人間の娘たちを連れ去り続けてきた。くだらない話だ。単なる脅し文句だとばかり思っていた。試練のために上流階級の娘が要求されるわけでもなかったのだから。
私は目を閉じ、連れ戻された従姉妹のことを思い出した。変わり果てたその姿は、本当に彼女なのかどうか見分ける術すらなかった。私も同じ末路を辿るのだと悟り、身震いする。私はため息をつき、その考えを振り払おうとしながら、迫りくる山々を見つめた。山々は森を見下ろすようにそびえ立ち、深い影を落としている。車列が止まると、私は馬車から抜け出し、背筋を伸ばした。そこには洞窟の入り口があるだけだった。心臓はハチドリの羽ばたきのように、肋骨を激しく叩いている。稲妻が空を引き裂き、雷鳴で大気が震えた。葬儀が始まってからというもの、雨は止む気配がない。
他の馬車も去っていった。丘の上には少なくとも五十人の若い女たちが集められていた。私の乗った馬車が最後の到着だったようだ。そこには、熾火(おきび)のような目をした、鎧姿の無表情な一団が待ち構えていた。私たちは石の基壇の上にある巨大な入り口へと続く階段を、列をなして下りていった。入り口は金箔で覆われ、熱と光を放っていた。その空間は、金と青銅の鉱脈が輝く石を削り出して作られていた。基壇に着くと、通路の中の光が純粋な炎であることがはっきりと分かった。近づくにつれ、その炎は鮮やかな青色へと変わり始めた。
恐怖が喉元にこみ上げてくる。通路の両脇にいた二人が若い女を引きずり出し、炎の通路へと放り込むのを私は見ていた。彼女は悲鳴を上げた。肉の焦げる臭いが辺りに充満する。
私の前にいた者たちは皆、悲鳴を上げて散り散りになった。私は動かなかった。鎧を着た従者の一人に腕を掴まれても、反応することさえできなかった。まさに混沌だった。焼ける肉の臭いで息ができない。前にいる全員が通路へと強制的に進まされる中、黒焦げになった死体が脇へと押しやられていく。
死体が片付けられるのを見て、胃が裏返りそうになる。吐き気がした。私を掴んでいた従者が、階段の方へと私を引き寄せた。
最後の少女が炎の中で倒れ込むと、悲鳴は止んだ。一歩進むごとに炎が近づいてくる。私は入り口まで引きずり出された。両脇に立つ従者たちを見る。彼らの首にある鱗が光を受け、剣がきらりと輝いていた。
「前へ進め。さもなくば無理矢理に行かせるぞ」
従者が私を一歩前へと突き飛ばした。私は目を閉じた。熱気が通り過ぎていく。一瞬の間、視界が光で満たされた。頭の中で雷鳴が轟くのが聞こえた。獣が私の上に現れた。金と翡翠(ひすい)の鱗に覆われている。美しかった。そして、それは消え去った。目を開けると、そこはあの竜と同じように、金と翡翠の鱗で覆われた美しい広間だった。あらゆる場所が、この世のものとは思えない幽玄な輝きに包まれている。数瞬後、鎧をまとった従者たちが現れた。彼らは私を見て唖然とし、口をあんぐりと開けている。すると、フルートとハープの音色が聞こえてきた。まだ世界がつながっていた頃、父が話してくれた竜王の宮殿の物語にあるような音楽だ。
彼らは口ごもり、それから深々と頭を下げた。
「陛下、どうぞこちらへご案内いたします」
部屋から人々が溢れ出てきた。従者たちと同じような服装だが、鎧は着けていない。彼らは私をじっと見つめている。何かを囁き合っていたが、言葉までは聞き取れなかった。誰かが後ろから私を掴み、前へと歩かせた。
今度は何をしたっていうの? 私は彼らの手から逃れようとしたが、びくともしなかった。
「私……陛下のもとへ連れて行かれるの?」
「いいえ、女王陛下」
「その呼び方はやめて――」
「――ただいま、陛下の妹君が面会中でございます。ひとまず、貴方様のお部屋へご案内いたします」
「私に部屋なんてないわ」
「貴方様は『試練』を乗り越えられました」男は私を見た。「貴方様こそが、王妃なのです」
その言葉に、私は身震いした。かかとを踏ん張って抵抗しようとしたが、彼らは構わず私を引きずっていく。従者たちは私を強引に二階へと連れ上がった。
「東棟は王妃殿下の区画でございます」従者が言った。「現在はメイドが一名のみですが、すぐに増員されるでしょう」
従者たちが扉を開け、私を中へと押し込む。そこは翡翠と黄金で美しく装飾された部屋だった。私と同じくらいの年頃の、短い巻き毛の若い女性が顔を上げる。彼女は弾かれたように立ち上がり、緊張した面持ちを見せた。肌はブロンズ色で、明らかに怯えている様子だ。
「こちらはマヤです」従者の一人が言った。「現在、この棟に配属されているメイドでございます」
彼女は膝を折り、頭を下げて礼をした。
「陛下への謁見のため、支度を整えるように」
マヤは頷き、頭を下げる。従者たちが立ち去った。マヤは不安げな表情を浮かべている。
私は微笑んだ。「ねえ……衛兵たちに見つからずに抜け出す方法、知らない?」
「陛下、まさか本気で――」
「モーガンよ」
「お仕えできて光栄です、陛下。さあ……ふさわしい衣装をお探ししましょう」
「長居するつもりはないの」と私は言った。
「衛兵をやり過ごす当てがおありなのですか?」マヤが尋ねる。
「まだないわ」
彼女は微笑んだ。「でしたら、まずはお着替えを」
私は彼女について浴室へ入った。そこは美しい場所だった。彼女は浴槽の縁に座り、一組の石を横に押した。すると水が勢いよく浴槽に流れ込み、あたりに湿気が満ちていく。
「アリ様にはお気をつけください。陛下の義理の妹君にあたる方です。捨て子だったところを先代の王に引き取られ、宮廷の貴婦人として陛下と共に育てられました」彼女は小瓶を開け、その液体を湯に注ぐ。私も部屋を横切り、同じように浴槽の縁に腰を下ろした。「残忍で狡猾な方です。あの方の言うことは何も信じてはいけません」
「きちんとした振る舞いを見せておくことが、あなた様のためにもなります」マヤは優しく言った。「それに……ここから出る唯一の方法は通路を通ることですが、『試練』を乗り越えた今となっては……あなた様は、その、お体が変化してしまわれましたから」
私は奥歯を噛み締めた。マヤが選んだローブは、翡翠と黄金の糸で織られたものだった。私は伝統的なものらしい、隠し剣を受け取った。父がくれた短剣はドレッサーの上に置く。クローゼットから、私には大きすぎるローブを一着取り出し、マヤに渡した。彼女が着ているボロボロの服の代わりだ。それは柔らかな桃色と金色で、マヤの肌の色によく似合っていた。
「ありがとう」と私は言った。「ここには留まらないことへの、せめてもの詫びだと思って」
マヤは私を部屋の外へ、そして棟の外へと導いた。深い黒色の扉の前で、私たちは従者たちと合流した。従者が扉を開ける。室内は豪華絢爛で、赤と金で彩られていた。大きなベッドに一人の男が横たわっている。長身で、黒いローブを纏っていた。長い髪は三つ編みに結われている。マヤはベッドの足元に控えた。彼の顔を見るには十分な距離だった。肌はブロンズ色で、端正な顔立ちをしている。何世紀も眠り続けているのかもしれないが、見た目は若々しい。首筋には何かの汚れのようなものが付着していた。
「陛下、どうぞ――」
背後の扉が勢いよく開き、壁に激突する音が響いた。私は振り返った。目尻に鱗があり、宝石で飾られた複雑な結い髪をした黒髪の女性が、入り口に立っていた。金糸が織り込まれているような青いドレスを身にまとっている。
彼女は私を睨みつけた。「一体どこの誰よ、兄上の寝所に勝手に入り込んでいるのは?」
こいつがアリに違いない。
