第2章

明日香視点

「おい、お嬢ちゃん、もっと賭けな!」

石油関連企業の会長、城之内が興奮したようにチップをさらに前に押し出す。その分厚い手のひらは私の太ももに置かれ、落ち着きなく上へと這い上がってきた。

込み上げる嫌悪感を飲み込み、私は妖艶な笑みを浮かべた。「城之内様は今夜、ずいぶんとおツキになっているようですね」

「お前みたいな極上の女を隣に置いて、ツイてないわけがねえだろ」その手はさらに大胆になり、私の尻を鷲掴みにする。欲望に満ちた視線が、胸の谷間を貪るように見つめていた。「お嬢ちゃん、この続きは後で俺の部屋でどうだ? 必ず……『最高な』幸せにしてやるぜ」

気色の悪いスケベ爺。でも、お金が必要だった。過去を忘れさせてくれる、あの薬が。

西都の帝王カジノ、そのVIPルームは葉巻の煙が立ち込め、クリスタルのシャンデリアが緑のフェルトテーブルにきらびやかな光を投げかけている。三年。葵という偽りの名で生きて、もう三年になる。女の武器――美貌と誘惑、そして非情な計算だけで、生き抜く術を学んできた。

自分の死を偽装するしか、選択肢はなかった。政司の結婚生活の邪魔者でい続けるわけにはいかなかったし、何より、私の汚れた過去を彼に知られるわけにはいかなかったから……。

彼の記憶の中で、怜央として華々しく死んだ方がマシだった。

「お嬢さん、今夜はずいぶんツイてるようだね」

低く、聞き覚えのある声が、背後から聞こえた。全身の血が凍りついた。

ありえない。どうして彼がここに?

熱い身体が背中に押し付けられ、懐かしいコロンの香りに包まれる。手が、そっと私の肩を撫でた。

「邪魔して悪いな、爺さん」政司の声は氷のように冷たかった。「この美しいお嬢さんと、少し二人で話がしたいんだが」

城之内の顔が青ざめる。「黒崎様……わ、私は、この方があなた様の……」

「今、知っただろ。――消えろ」

城之内はチップを回収するのも忘れ、慌てふためいてVIPルームから逃げ出した。

私はゆっくりと振り返り、会いたくて、そして同じくらい恐れていた黒い瞳と向き合った。三年の月日が流れ、彼はさらに成熟し、危険な男になっていた。その眼差しには、読み取れない何かが宿っている。

「こんばんは、お嬢さん」彼は笑ったが、その目は笑っていなかった。「黒崎政司だ」

私は平静を装う。「ええ、存じ上げておりますわ。都心の闇の帝王を知らない者などおりませんもの」

彼の視線が、私の身体を無遠慮に上から下まで舐めるように這う。その捕食者のような眼差しに、肌が粟立った。

「それで、この美しい人の名前は?」

「有栖川葵」

「葵……」彼は思案深げにその名を繰り返し、一歩近づいた。「綺麗な名前だ。ポーカーでもどうだ? 二人きりで」

断りたかったが、怪しまれるわけにはいかない。「いいですけど。ただし、わたくしは素人ではありませんことよ」

「だからこそ面白いんだろう、お嬢さん」

彼はディーラーにカードをシャッフルし直し、配り直させた。私たちは向かい合って座る。空気は息が詰まるほど張り詰めていた。

第一ラウンド、私の手札はキングのペア。無意識に、指が癖のある動きをした――人差し指で、テーブルを三度タップする。

しまった! それは、怜央の癖だ!

政司の目が、瞬時に鋭くなる。「面白い癖だな」

「何がですの?」私は素知らぬふりをした。

「なんでもないさ、お嬢さん」彼は冷ややかに笑った。「コールだ」

その後の数ラウンドで、私は政司がわざと負けていることに気づいた。彼は私を試している。一挙手一投足を見ているのだ。

「黒崎様は、今夜はとことんツイていらっしゃらないようですわね」

「そうかもな」彼はこともなげに言うと、立ち上がって私の背後に回った。「お前、誰かに似てるな。怜央っていう男に」

心臓が跳ねたが、笑みは崩さない。「よくある口説き文句ですわね。それに、わたくしが男に見えるはずもありませんでしょう」

「全くだ」彼は身を屈め、私の背中に胸が触れそうなほど近づくと、テーブルのチップを整理するふりをして腕を回した。「怜央は特別だった。忠実で、勇敢で、だが……とんでもなく馬鹿だった」

チップに伸ばされた彼の手は、わざと私の鎖骨から胸元へと滑り落ちる。「整理してやるよ」

チップが私の胸の谷間に滑り落ち、彼の指先が意図的に、名残惜しげに肌を掠めていく。

「黒崎、様……」声が震えた。

「どうした、お嬢さん?」耳元で彼が低く笑う。熱い息が首筋にかかる。「緊張してるのか?」

くそっ、わざと私をからかってるんだ!

「何が、そんなに馬鹿だったんですの?」私は平静を保つのに必死だった。

「俺を庇って死んだ」彼の声は氷のように冷たくなり、指はまだ私の胸の上を彷徨っていた。「全くの犬死にだ。お前がそいつじゃなくて良かったぜ。もし本人だったら、俺が殺してやりたいくらいだ。あの野郎のせいで、俺は三年間も苦しめられたんだからな」

「まるで……彼を大切に想っていたみたいに聞こえますわ」私は息を呑んだ。

「大切に?」彼は冷たく笑い、もう片方の手で、いつでも締め上げられるかのように私の首筋をゆっくりと撫でた。「なあ、知ってるか? できることなら、あの嘘つき野郎を墓から掘り起こして、もう一度殺してやりたい気分だ」

私の手が微かに震え、彼はそれを見逃さなかった。

「なんだ? 死んだ男が可哀想になったか?」彼はさらにチップを掴むと、ゆっくりと私の胸元に押し込んだ。「それとも……何か、思い出しちまったか?」

「いえ……何も……」私は完全に強張っていた。

彼は突然私の顎を掴み、無理やりその瞳を覗き込ませた。「その目……見覚えがある」

息がかかるほど近く、彼の身体から漂う懐かしい香りが鼻をくすぐる。その危険な引力に、私は完全に身を委ねてしまいそうだった。

「この勝負も、俺の負けらしいな」彼はようやく私を解放したが、指先は私の頬に名残惜しげに触れていた。「今夜はこれくらいにしておこうか、お嬢さん」

安堵した私は、急いでチップをかき集めて席を立とうとした。

「待て」

私は凍りついた。「まだ、何か?」

彼はゆっくりと立ち上がり、こちらへ歩み寄ってくる。懐かしくも圧倒的な存在感に、息が詰まりそうになる。

「一つ、言い忘れてた」彼はぐっと身体を寄せ、私の腰に手を置いた。「噓はだめだろう、有栖川明日香さん」

全身の血の気が、完全に引いた。

どうして、彼が私の本名を……。

「人違いですわ」冷静を装ったが、声はもう震えていた。

彼は一歩下がり、危険で意味深な笑みを浮かべた。「そうか? なら、もっと面白くなってきた」

そして彼は、一度も振り返ることなく去っていった。

ドアが閉まり、一人残された私は、足の力が抜け、椅子に崩れ落ちそうになった。

くそっ! 完全にバレてる!

三年間隠れ続け、三年間偽り続けた全てが、この一瞬で水の泡だ。政司は私が生きていることを知っているだけじゃない。私の本当の正体まで、知っていたんだ。

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