第29章

 碧井天川が会社から本宅に戻ると、玄関に入るまでもなく、そこで待機していた上原の姿が目に入った。

「天川様。大旦那様が、お戻りになられたら書斎へ来るようにと仰せです」

 上原は腰を折り、淡々とした口調で告げた。

 碧井天川と碧井老人の仲は険悪だ。用もなしに呼び出すことなどあり得ないし、顔を合わせれば必ずと言っていいほど口論になり、老人が半死半生の目にあうのが常だった。

「何の用だ?」

「行けば分かります」

 上原は答えず、ただ恭しく手で方向を示した。

 碧井天川は眉をひそめたが、すぐに大股でリビングへと足を踏み入れた。

 ドアを開けた瞬間、怒りに顔を歪めた碧井夫人と、まるで叱...

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