第1章
小林杏奈視点
テーブルに皿を置いた途端、力強い腕がそれをひったくった。
「ガシャンッ!」
プラスチックの容器はゴミ箱の縁に叩きつけられ、カレーライスと味噌汁がそこら中に飛び散った。食堂にいた何百人もの生徒たちが水を打ったように静まり返り、全ての視線が私に突き刺さった。
やめて、見ないで……私を見ないで……
顔が一瞬で熱くなり、心臓が肋骨に叩きつけられるように激しく脈打った。
「泥棒が俺たちと一緒に食事する資格なんてない」
小林瑛太、十八歳になる私の義兄。彼の声は、刃物のように鋭かった。身長一八〇センチの彼は私を見下ろし、無造作な黒髪が蛍光灯の光を弾き、青い瞳は冬の氷のように冷たかった。三ヶ月前まで、彼は私のことを「お姫様」と呼んでいたのに。今はゴミでも見るような目で私を見ている。
どうして?どうしてこんなことになっちゃったの?
アメフト部の部員たちが私たちの周りに群がり、その巨大な体で私を完全に閉じ込めた。その中心にいたのは、小林瑛太の親友である山下翔――いつも笑みを浮かべているが、その目には毒が宿っている。
「おやおや、これはこれは。何を見つけたかと思えば」
山下翔は芝居がかった仕草で私を指さした。
「お姫様が、今じゃ万引き常習犯様かい?」
金髪碧眼のチアリーダー部長で、小林瑛太の彼女である鈴木彩香が、彼の腕にしがみついていた。完璧な赤い唇が悪意に満ちた笑みに歪んでいる。彼女はスマートフォンを掲げ、カメラをまっすぐ私に向けた。
「マジウケるんですけど!」
鈴木彩香の甲高い笑い声が突き刺さる。
「兄にさえ嫌われてるなんて!これ、SNSでバズるやつじゃん!」
カメラのフラッシュが目に突き刺さる。顔を庇おうとしたが、それが彼らの笑いをさらに大きくさせただけだった。逃げ出したかったけれど、足がゼリーみたいに震えて動かない。
息が……息ができない……
「おい小林瑛太、マジでお前の妹どうかしちまったんじゃねえの?」
もう一人の選手、山田拓海が、心配するふりをしながら言った。その声は皮肉に満ちていた。
「マジで何か盗んだのか?だって、お前の家ってさ……ほら……」
彼は手振りで、私たちが破産したことを示唆した。周りからさらにクスクスという笑い声が漏れる。
やめて……お願いだから、やめて……
小林瑛太は私を睨みつけ、顎を固く食いしばっていた。その毛穴という毛穴から嫌悪感が滲み出ているようだった。
「こいつは、俺の妹じゃない」
その言葉は、弾丸のように私の胸を撃ち抜いた。肋骨の内側で何かが砕け散り、その破片が肺に突き刺さって、息ができなくなる。
いや……こんなの嘘……嘘に決まってる……
涙で視界が滲む。私は唇を強く噛みしめ、無理やり立ち上がった。私の足が震える中、食堂中に怒れる蜂の羽音のような囁き声が満ちていく。
「とっとと消えなさい、泥棒」
鈴木彩香の声が部屋中に響き渡った。
「空気を汚さないで。あんたみたいなゴミはゴミ箱がお似合いよ」
椅子に躓きそうになりながら、よろよろと出口に向かう。背後で、花火のように笑い声が炸裂した。鈴木彩香の金切り声が、その全てを掻き消すように響いた。
「みんな見た!?これがお姫様だよ!兄にさえ見限られてるの!マジで笑えるんだけど!」
気持ち悪い……吐きそう……
放課後、廊下にはちらつく蛍光灯の明かり以外、人影はなかった。震える手でロッカーをいじっていると、後ろから誰かに肩を掴まれた。
「ひゃっ!」
振り返ると、そこには山下翔の嘲るような顔があった。
「しーっ、静かにしろよ、泥棒さん」
山下翔が意地悪く笑うと、他の二人の部員が距離を詰めてきた。
「お前のために特別な場所を用意してやったんだ」
「離して!触らないで!」
必死に抵抗したが、彼らの手は鋼鉄の万力のようにびくともしない。
「ここがお前の居場所だ、役立たず」
彼らは私をロッカーに押し込んだ。金属の縁が肋骨に叩きつけられ、胸に痛みが爆発する。何かが確実にひび割れる音に、私は悲鳴を上げた。
痛い……ああ、痛い……!
そして、臭い運動着が私と一緒に詰め込まれた――汗とカビと、さらに何か得体の知れないものが混じり合った悪臭が、私を激しい吐き気に襲わせる。その悪臭が鼻から喉へと這い上り、私の息の根を止めた。
「やめて……お願い……息ができない……」
私は拳が血に滲むまで、金属の扉を叩き続けた。
空気が薄くなっていく。暗闇が四方から押し寄せてくる。ロッカーの小さな隙間から、小林瑛太がそこに立って、全てを見ているのが見えた。
私のことを覚えてる?私を愛してくれていたことを覚えてる?
彼の顔は影になっていたけれど、その目に何かを捉えた――痛み?罪悪感?それとも、酸素欠乏が見せた幻覚?
「瑛太……お願い……出して……」
残された力の限りを振り絞って叫んだ。
「杏奈だよ……あなたの、最愛の妹だよ……覚えてる?」
彼は一瞬ためらった。ほんの一瞬。私は思った……私を愛してくれた兄が、戻ってきてくれるかもしれない、と。
お願い……
しかし、彼は感情を殺したように背を向け、去り際に一言だけを投げ捨てた。
「自分でどうにかしろ」
足音が遠ざかっていく。廊下は再び死のような静寂に包まれた。私は暗闇の中で体を丸め、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら、泣きすぎて喉がひりつくのを感じていた。
どうして……どうしてもう、私を愛してくれないの?
地下室は冷たく湿っていて、コンクリートの床から冷気が伝わってくる。けれど、上の階よりは安全だった。
私は父の古い毛布にくるまった。まだ油臭さと煙草の匂いがする。この家に残された、唯一温かいもの。
お父さん……もし、まだここにいてくれたら……
弱々しい電球が、黄色い影を落としている。目を閉じると、記憶が洪水のように押し寄せてきた。
三ヶ月前の、あの秋の午後――小林瑛太は私の前に跪き、新しいスニーカーの靴紐を辛抱強く結んでくれていた。彼の指は温かくて、優しかった。
「気をつけろよ、転ぶな」
彼は優しく言った。その目は愛情に満ちていた。
「この新しい靴はまだ履き慣れてないからな。幸運の星が怪我でもしたら大変だ」
彼が県の大会で優勝した夜のことを思い出した。ユニフォームは汗でびしょ濡れだったけれど、彼は真っ先に観客席に駆け寄り、私を強く抱きしめてくれた。あのハグは、私を世界で一番幸運な女の子だと感じさせてくれた。
「杏奈は俺の幸運の星なんだ」
彼は希望に満ちた声で囁いた。
「俺がプロ野球選手になったら、こんな掃き溜めから出て、世界を見に行こう。お前が行きたいところなら、どこへでも」
あの頃、彼の目には光があった。夢があった。無償の愛があった。今あるのは憎しみだけ――死を感じさせるような、冷たく、骨の髄まで染みる憎しみ。
私を愛してくれた兄は死んだんだ……お父さんと同じように。
どうして?どうして全てが変わってしまったの?
真夜中。上の階で何かが割れる音がした。
バンッ!
額縁かトロフィーが壁に叩きつけられるような、鈍く怒りに満ちた音。私は天井に体を押し付け、ドラムのように鳴り響く心臓の音を聞きながら、耳を澄ませた。
電話が鳴った。そして、小林瑛太の、怒りと憤りに満ちた声が聞こえてきた。
「全部あいつのせいだ……あの忌々しい4000万円のせいで……なんであいつがそれを受け取るんだ……」
4000万円?何のお金?私は眉をひそめ、混乱した。
何の話をしてるの?
「ああ、彩香、その金が入ったら、俺たちはこんな地獄から抜け出すんだ」
小林瑛太の声はさらに苛立ちを増し、部屋を歩き回っているようだった。
「このクソ田舎も、この壊れた家族も……もう二度と見たくない」
電話の向こうから、鈴木彩香の声が割れて聞こえてきた。言葉は聞き取れなかったが、その悪意に満ちた口調に私は身震いした。
「……あのガキにそんな価値ない……あんたの母親がああなったのも……全部あいつのせいで……」
お母さん?小林芽衣――私の義母――彼女がどうしたっていうの?
ああなったって、どういうこと?
血の気が引いた。義母はただ病気で、病院で療養しているだけじゃなかったの?父の葬儀以来、彼女は治療を受けていた。医者は、回復には時間が必要だと言っていた。
突然、上の階が静かになった。すると重い足音が地下室の階段に向かってくる。意図的な歩き方だった。
降りてくる……彼が降りてくる……
私は息を止め、毛布を握りしめ、恐怖に震えた。
どうして彼は、こんなに私を憎んでいるの?私が、何をしたっていうの?







