第3章
小林杏奈視点
私は廊下の角に隠れ、錆びついたロッカーに背を押し付け、自分の存在を消そうと必死だった。
「最近の小林瑛太、どうしたのかしら?試合内容がひどすぎるわ」
「うん、この前の山野高校との試合なんて最悪だった……」
「空星大学のスカウトも首を振ってたって聞いたわよ」
「大学の奨学金にも影響が出るかもって噂よ」
平井瑞希が声を潜めた。
「うちのお父さん、明冠大学のスポーツディレクターと知り合いなんだけど、小林瑛太の最近の成績には向こうも懸念してるって言ってた」
心臓が止まった。小林瑛太の奨学金が危ない?あれは彼にとって全てだったのに。プロ野球選手になるという夢、未来へ続く唯一の道だったのに。
「全部、家にいるあのお荷物のせいでしょ」
鈴木彩香の甲高い声に、私の血は凍り付いた。
「母親は入院してるし、あんなクソ女の面倒まで見なきゃいけないなんて。ストレスで押し潰されそうなんだって。医療費だけで破産寸前だって小林瑛太が言ってたわ」
違う……そんなはずない……。
飛び出して反論したかったけれど、足は床に縫い付けられたように動かなかった。
「小林瑛太も可哀想よね、あんな義理の妹がいて」
別の女子、石田沙耶が同情的に言った。
「あの家、基本的な保険にも入れないくらい貧乏なんですって」
「ふん、寄生虫はしょせん寄生虫ってことよ」
鈴木彩香が鼻で笑う。
「でも大丈夫。あの4000万円の示談金さえ手に入れば、あの子を追い出せるから。そしたらA市に引っ越して、心機一転やり直せるって小林瑛太も言ってたわ」
足音は遠ざかり、廊下は静寂に包まれた。私は冷たい床に崩れ落ち、打ち付けた膝が痛んだ。
全部、私のせいなんだ。小林瑛太の砕かれた夢も、台無しになった未来も――全部、私のせいで。
みんなの人生を破壊したのは、私だった。
放課後、小林瑛太が私の前に現れた。
私が知っている優しいお兄ちゃんではなく、まるで別人だった。その瞳は怒りで燃え上がり、顎は固く食いしばられ、危険な空気をまとっていた。
「来い」
彼は冷たく命じた。
「瑛太、説明したいことが……」
「黙れ。来い」
私は彼の後について学校を出て、いくつもの寂れた通りを抜け、廃墟となった工場へと向かった。かつては町の誇りだった場所も、今では錆びた鉄骨と割れた窓ガラスが残るだけ。沈みゆく夕日がすべてを血のように赤く染め、まるで巨大な墓場のようだった。
小林瑛太は鉄くずの山の近くで立ち止まると、錆びついた鉄パイプを一本拾い上げた。重さは十キロはあろうかという代物で、表面はざらざらとささくれ立ち、縁は肌を切り裂けそうなほど鋭い。
「持ち上げろ」
「え?」
「持ち上げろ!」
彼は怒鳴りつけ、パイプを私の手に押し付けた。
「頭の上だ。二分間、そのまま持ってろ」
パイプは何トンもの重さに感じられた。かろうじて持ち上げた腕は、すぐに震え始めた。ざらついた錆が手のひらを抉り、手首を伝う生温かい液体を感じた。
「瑛太、お願い、聞いて!私、あのお金なんて使ってない!」
私は必死に説明しようとした。
「大学の資金には指一本触れてない!お父さんがあのお金を使ったなんて、知らなかったの!」
「嘘をつくな!」
彼の瞳に宿る憎悪が、さらに激しく燃え上がった。
「俺が馬鹿だとでも思ってるのか?」
「本当に違うの!誓う!証明だっ……」
「何を証明するんだ?お前がどれだけ強欲か?どれだけ自己中心的か、だって?」
小林瑛太の声は嘲りに満ちていた。
「お母さんだってまだ入院してるってのに、お前は自分の大学資金のことばかり泣き言を言うのか!」
「違う!瑛太、もし芽衣さんの治療にお金が必要だって知ってたら、私、大学なんて行かなくていいって思った!私、芽衣さんが大好きなの、みんなが大好きなの!」
涙が頬を伝って流れ落ちた。
「黙れ!」
彼はそばの鉄くずを蹴りつけ、雷のような轟音を立てた。
「演技はやめろ!お前の涙で誰も救えやしない!」
「瑛太、どうしてこんなことするの?私が何をしたっていうの?」
私の声は苦痛に震えた。
彼は答えず、ただそこに立って私を見ていた。その目に混じり合う苦痛と怒りが、私を恐怖させた。こんな小林瑛太は見たことがない――まるで追い詰められた野生動物のようだった。
一分が過ぎた。腕は痛み、感覚がなくなり始めた。錆が絶えず手のひらに食い込み、血がぽた、ぽたと乾いたコンクリートに染みを作っていく。
「瑛太、もう持てない……お願い……」
「持っていなさい!」
彼は怒鳴った。
「それがお前の当然の報いだ!」
「お前のせいで、俺の未来はめちゃくちゃになったんだ!」
彼は突如として爆発し、その声はがらんとした廃墟に響き渡った。
「お前のせいで、母さんは病院で苦しんでる!お前のせいで、奨学金も台無しだ!お前のせいで、俺の夢は全部、全部死んだんだ!」
その一言一言が、刃物のように私の心を突き刺した。
「俺をこんな風にしたのはお前だ!」
彼は拳を握りしめ、叫び続けた。
「お前がいなければ、小林悠斗はあんな金をお前に使わなかった!お前がいなければ、母さんはもっといい治療を受けられた!お前がいなければ、俺は今頃明冠のグラウンドに立っていたんだ!」
鉄パイプが血まみれの手から滑り落ち、鈍い音を立てて地面に叩きつけられた。私はその場にひざまずき、涙と血が瓦礫の上に滴り落ちた。
「瑛太、私……誰も傷つけようなんて思ってなかった……芽衣さんの治療のためなら、お金、全部渡せるから……」
私は声を絞り出した。
だが、彼はすでに背を向けていた。血のように赤い夕日を背にしたそのシルエットは、孤独で、怒りに満ちていた。
真紅の空の下で、私はようやく悟った。
かつて私を守ってくれた天使は、堕天したのだ。
そして、彼を堕とした悪魔こそが、私なのだと。
翌日の昼休み、私は震えながら食堂へと足を踏み入れた。
他の生徒たちの私を見る目は、昨日までとは違っていた――侮蔑、軽蔑、そして好奇心。まるで顕微鏡で覗かれる細菌のように、誰もが私を観察していた。
私は列に並び、ごく普通の学食を受け取ると、誰にも気づかれないことを願いながら隅の席に座った。
しかし、その望みはすぐに打ち砕かれた。
「ねえ、寄生虫!」
鈴木彩香の声が響き渡った。彼女はトレーを持ち、チアリーダーのグループを引き連れてこちらへ歩いてきた。さらに悪いことに、その中には小林瑛太もいた。彼は壁に寄りかかって腕を組み、冷ややかに成り行きを見守っている。
食堂中の視線が私たちに集中した。何百もの目がこちらを凝視し、スマートフォンが撮影のために持ち上げられる。
「あなたのランチ、ちょっと違うんじゃないかしら」
鈴木彩香は甘ったるい声で言った。
「もっとあなたに相応しいものを用意してあげる」
彼女は私のテーブルにトレーを叩きつけた。下を見て、私は吐きそうになった。
トレーの上にあったのは食べ物ではなく、開封されたドッグフードの缶だった。茶色い肉のペーストが吐き気を催すような匂いを放ち、真ん中にはプラスチックのスプーンが突き立てられていた。
食堂は耳をつんざくような爆笑に包まれた。
「あなたみたいな人間には、これがお似合いなのよ」
鈴木彩香は、皆に聞こえるように大声で言い放った。
「みんな見て――この寄生虫が何を食べるのか、よく見ておきなさい!」
私は助けを求めて必死に小林瑛太を見た。
「瑛太……お願い……」
しかし彼は冷たく見つめるだけで、かすかに口元を歪めてさえいた。
「食えよ。お前にふさわしいだろ」
私の心は完全に砕け散った。すべて、彼が仕組んだことだったのだ。
「やめて……」
立ち上がって逃げようとしたが、鈴木彩香に肩を強く押さえつけられた。
「どこへ行くの?ランチタイムはまだ終わってないわよ!」
彼女は獰猛な笑みを浮かべた。
「さあ、口を開けて、私が食べさせてあげる」
彼女は片手で私の頭を掴み、もう片方の手でドッグフードを大さじ一杯すくい上げた。
「いや!離して!」
必死にもがいたが、彼女の力は驚くほど強かった。
「瑛太!瑛太、助けて!」
涙で視界が滲む中、私は必死に彼に懇願した。
だが彼は壁に寄りかかったまま、他人を見るような冷たい目で言った。
「お前は俺の妹じゃない。なんで俺がお前を助ける必要がある?」
彼の言葉は、どんな刃物よりも鋭く私を切り裂いた。
私が何かを言おうと口を開いたその瞬間を狙って、鈴木彩香はドッグフードを無理やり押し込んだ。不快な味が瞬く間に口いっぱいに広がる。私はえずき、吐き出そうとしたが、彼女は手で私の口を塞いだ。
「飲み込みなさい!」
彼女は命じた。
「寄生虫はこれを食うべきなのよ!」
食堂中が笑い、カメラのフラッシュが至る所でたかれた。窒息しそうで、羞恥心が津波のように私を飲み込んでいくのを感じた。
小林瑛太はそこに立ち、同情のかけらもなく、ただ冷たい満足感をその目に浮かべていた。
誰か助けて……
誰かこれを止めて……
死にたい……お父さんと一緒に死にたい……
この世界にはもう、私を愛してくれる人は誰もいない……
誰も……
皆の笑い声の中、私は目を閉じ、絶望が魂を喰らい尽くすのに身を任せた。







