第3章

夜が更け、私はベッドに横たわっていた。疲労で体は鉛のように重いが、思考だけが落ち着かない。

不意に、ドアロックから微かな電子音が聞こえ、誰かが指紋認証でドアを開けた。

私以外に、この権限を持っているのは東野十川だけだ。

私は起き上がらず、ただ目を閉じて眠っているふりをした。

足音は遠くから近づいてきて、やがてベッドの縁がわずかに沈み、一本の手がそっと私の髪を撫でた。

「宮子、起きてるんだろ」

東野十川の声は優しく、まるで私たちの間に亀裂など一度もなかったかのようだ。

私は目を開けた。彼がベッドサイドに座り、手にペンダントを持っているのが見えた。それは、私たちが付き合って一周年記念に彼がくれたプレゼントだった。

窓の外の月光がカーテンの隙間から差し込み、彼の顔にまだらな影を落としている。

「どうして来たの?」

私は身を起こし、少し距離を取った。

彼はため息をついた。

「心配で。最近、メッセージを返してくれないし、電話にも出ない。俺たち、一体どうしちまったんだ? あんなに色々なことを乗り越えてきたのに、今さら些細なことで喧嘩して冷戦だなんて……本当に馬鹿げてる」

些細なこと? 私は思わず笑い出しそうになった。裏切りが、彼の目には『些細なこと』と映るのか?

私が病気なのも、彼の目には些細なこと?

だが、私はそれを口にはしなかった。

もはや愛していない人間を詰問する気にもなれない。たとえ今、この瞬間に優しさと愛情に満ちた言葉を口にしたとしても、それはただの取り繕いに過ぎないのだ。

どうしてわざわざ自分からそんな気まずい場面に身を置かなければならないのだろう?

それでも、かつての記憶がどうしても蘇ってしまう。

私が胃痛で苦しんでいると知ると、彼は大雨の中を薬局へ薬を買いに走ってくれた。私の誕生日には、南極へペンギンを見に連れて行ってくれた。

そうした思い出が私の心を一瞬だけ和ませたが、すぐに彼と温水始子がソファで親密にしていた光景を思い出し、その柔らかな感情はたちまち氷のような冷たさに取って代わられた。

「ほら」

彼はペンダントを私の手のひらに乗せた。

「ずっと探してたんだ。書斎の絨毯の下に落ちてるのを見つけた」

私はペンダントを受け取ると、何も言わずにナイトテーブルの上に置いた。

東野十川は私のそっけない態度に気づいたのか、話題を変えた。

「宮子、始子のことで話があるんだ」

私の体は瞬時に強張った。

「始子、ホテル暮らしが大変みたいで、出前を食べてお腹を壊して入院までしたんだ。あいつは元々心臓が良くないのに、こんな無理をさせたら体がもたない」

彼は一瞬言葉を切り、恐る恐る私の反応を窺った。

「それで思ったんだが、何日かだけでもいい、あいつをここに戻して住まわせてやれないか? ほんの数日でいいんだ。ちゃんとした部屋が見つかったらすぐに出て行くから」

私は黙って彼を見つめた。心の内で名状しがたい怒りが燃え上がっていた。

彼は私に会いに来た。それもまた、温水始子のため?

「駄目」

私は短く答え、そして付け加えた。

「それに、この家は売るつもり。もう不動産屋にも連絡したから」

「なんだって?」

東野十川は驚いて目を見開いた。

「家を売る? どうして急にそんなことを? これはお前の祖母さんが遺してくれたものじゃないか」

「お金が必要なの」

私は自分の病状を明かしたくなくて、平静を装って言った。

もう彼とは一切関わりたくなかった。

「金が必要?」

彼は眉をひそめた。

「金に困ってるなら俺に言えばいいだろ。俺たち、もうすぐ結婚するんだぞ? わざわざ家を売る必要なんてない」

私は冷笑した。

「結婚? 本気でまだ私と結婚したいと思ってるの?」

東野十川の表情が少し気まずそうになったが、すぐに落ち着きを取り戻した。

「当たり前だろ。その考えは一度も変わったことはない。あの日のことはただのアクシデントだ。俺と始子の間には何もない」

私はもうこの話題を続ける気になれず、疲労感がどっと押し寄せてきた。

「もう遅いから、帰って」

彼は立ち上がり、しばらく躊躇った後、ようやくドアに向かって歩き出した。だが、ドアの前で再び足を止めた。

「じゃあ、ゆっくり休め。俺は始子の様子を病院に見てくる。万が一、心臓発作でも起きたら、そばに誰もいないとまずいからな」

その言葉を聞いて、私の心は完全に冷え切った。

彼は私のもとを去り、温水始子の看病に行く。なんと見慣れた光景だろう。

ドアが閉まると、私はすぐに起き上がり、玄関へ向かった。そして携帯を操作し、東野十川の指紋認証データを削除した。

これから先、彼が招かれざる客として私の生活に入り込むことは二度とない。

ベッドサイドに戻り、私はそのペンダントを手に取って、灯りの下でじっくりと眺めた。

かつての愛の誓いが全て脳裏に蘇り、この瞬間、千倍にも万倍にも膨れ上がった嫌悪感を生んだ。

激しい吐き気が喉元までこみ上げ、私はトイレに駆け込み、便器に向かってえずいた。

胃の中がまるで火で焼かれているようで、痛みに体を丸める。

少し落ち着きを取り戻すと、私はすぐに病院へ行くことに決めた。このペンダントを、本来それを身につけるべき主人の元へ返し、ついでに東野十川が他にどんな嘘をつくのか見てやろう。

病院の廊下は静かで、冷たかった。

ナースステーションで教えてもらった通り、温水始子の病室を見つけた。ドアは半開きになっており、中へ入ろうとしたその時、東野十川の声が聞こえてきた。

「たぶん、小さい頃から両親の関心が俺の方に向いてたせいだろうな。宮子はいつも何か思い詰めてるんだ。繊細で疑り深くて、それでいて自立心が強い……」

私の手は宙で止まり、心臓がほとんど停止しかけた。

「君は妹さんと違って、明るくて太陽みたいだ。体が弱くてもいつも前向きで……」

東野十川の声は続き、その声色には、先ほど私に話しかけていた時とは全く違う、賞賛と優しさが満ちていた。

もうこれ以上は聞いていられなかった。

私の子供の頃のトラウマが、私の家庭の事情が、東野十川の口にかかれば温水始子との戯言のネタになるのか。

その瞬間、私はかつてないほどの裏切りを感じた。

それは愛情に対する裏切りだけではない。私の人生そのものへの冒涜だ。

私は背を向け、踵を返した。爪が手のひらの肉に深く食い込んでいるのに、痛みは全く感じない。

東野十川の言葉が、この関係に対する私の最後の幻想を、木っ端微塵に打ち砕いた。

ようやく理解した。ある種の裏切りは、一時の衝動ではなく、長きにわたる欺瞞なのだと。ある種の傷は、行動からだけでなく、最も近しい人からの本質的な誤解と軽視から生まれるのだと。

今日から、私は自分のために生きる。たとえ、わずか五年しか残されていなくても。

私の人生は、きっとこの上なく輝かしいものになるはずだ。

家に帰った途端、胃に激痛が走った。まるで誰かがナイフで内臓を繰り返し切り刻んでいるかのようだ。

私は床に膝をつき、冷や汗で服がぐっしょりと濡れた。

必死にベッドのそばまで這っていき、ナイトテーブルから胃薬を取り出して水なしで飲み干す。

東野十川の言葉がまだ耳元で響いていた。

「君は妹さんと違って……」

かつて、私は全ての苦しみと子供時代の暗い影を彼に打ち明けた。彼は私を理解し、守ってくれると信じていたから。だが今、それらは彼が温水始子を喜ばせるための話の種になり、私の『繊細で疑り深い』性格を説明するための口実になっていた。

彼の昔の約束を思い出す。

「宮子、俺が君にちゃんとした家庭をあげる。子供の頃の寂しさを埋めてあげるよ」

なんと皮肉なことだろう。

胃薬が徐々に効いてきて、痛みは少し和らいだ。

私は無理やり体を起こし、クローゼットへ向かう。そして、東野十川が私の家に残していった全てのものを整理し始めた——数枚のシャツ、一着のスーツ、数冊の本、そして彼がくれたプレゼント。陶器のカップ、観葉植物、マフラー……。

それらを全て段ボール箱に詰め、管理人に預けることにした。

かつて温かい思い出を宿していた品々は、今では皮肉にしか見えない。

整理をしていると、携帯が鳴った。不動産屋からだった。

「温水様、明日、内見希望のお客様がいらっしゃるのですが、ご都合いかがでしょうか?」

「大丈夫です。何時に?」

私は尋ねた。

「午前十時です。結婚を控えた若いカップルだそうです」

電話を切り、がらんとした部屋を見渡す。ふと、ここがかつて私の避難港であり、祖母が遺してくれた唯一の聖域だったことに気づいた。

今、私はそれを別の愛し合う二人に譲り渡そうとしている。彼らが私より幸運であることを願う。

翌日、私は早起きして家を簡単に片付けた。

十時きっかりにチャイムが鳴る。ドアの外には若いカップルが立っていた。女の子は笑顔が愛らしく、男の子は少し腼腆な様子だ。

「こんにちは、お部屋を見せていただきに来ました」

女の子が礼儀正しく言った。

私は二人を招き入れ、案内して回った。女の子はキッチンとバルコニーに特に興味を示し、窓からの景色と部屋の採光をしきりに褒めている。男の子は真剣な面持ちで家の構造や周辺施設のことを尋ねていた。

寄り添いながら未来の計画を語り合う二人の姿を見ていると、私は思わず微笑んでいた。彼らの眼差しには、愛の始まりにある純粋さと美しさがあった。私もかつて持っていた、あの感覚だ。

「これ、可愛い!」

女の子が本棚の上の木彫りを指さし、目を輝かせた。

それは東野十川がくれたプレゼントだった。私の好みを覚えていて、出張先からわざわざ持ち帰ってくれたものだ。

「気に入った? あげるわ」

私は自分の口からそんな言葉が出たことに気づいた。

「え、そんな、悪いですよ」

女の子は少し驚いている。

「いいの。引っ越し祝いだと思って」

私は木彫りの小さな玩具を彼女に手渡しながら、心の中で彼女が永遠に裏切りを経験しないようにと祈った。

二人が帰った後、不動産屋からメッセージが届いた。あのカップルが大変気に入って、契約したいとのことだった。

私は奇妙な解放感を覚えた。この家を彼らに譲ることが、まるで新しい始まりであるかのように。

それからの数日間、私は近くのホテルに仮住まいした。胃の痛みはますます頻繁になり、時には眠れないことさえあった。もうこれ以上先延ばしにはできない。病院で精密検査を受けなければ。

病院の廊下は相変わらず冷たい。待合室に座っていると、周りは皆、病を抱えた顔つきの人々だった。ある者は小声で話し、ある者は黙り込んでいる。

「温水宮子さん」

看護師が私の名前を呼んだ。

診察室に入ると、四十代くらいの男性医師がいた。眼鏡をかけ、真剣な表情をしている。

「温水さん、検査結果が出ました」

彼は一呼吸置いて言った。

「あまり芳しくありません。胃癌に転移の兆候が見られます」

心の準備はしていたものの、その確定診断はやはり重いハンマーのように、私の最後の希望を打ち砕いた。

「積極的に治療すれば、まだ五年は生きられますか?」

私は自分のものではないような、奇妙に冷静な声で尋ねているのが聞こえた。

「回復が順調なら、可能でしょう」

医師の声には同情の色が滲んでいた。

不思議なことに、私は想像していたほど取り乱さなかった。むしろ、今までにないほどの平穏が心に満ちてきた。

五年。愛も、家庭も、健康も失ったばかりの人間にとって、それはもう十分な時間に思えた。

「治療方針は?」

私は尋ねた。

医師は手術、化学療法、放射線治療を組み合わせた治療計画と、起こりうる副作用や経済的負担について詳しく説明してくれた。私は真剣に聞き、時折頷いた。まるで自分とは無関係なことについて話し合っているかのように。

病院を出ると、空から小雨がぱらついていた。私は傘を差し、当てもなく街を歩く。

この五年で、私に何ができるだろう? 世界一周旅行? 新しいスキルを学ぶ? 本を一冊書く?

突然、奇妙な解放感に襲われた。或许、この診断は私の過去の人生に対する、ある種の解放なのかもしれない。

もう遠い未来を心配する必要はない。数十年後の人生を計画する必要もない。ただ今この瞬間に集中し、貴重な一日一日を生きるだけだ。

ホテルに戻り、私はノートに『死ぬまでにやりたいことリスト』を書き出し始めた。世界一周旅行、写真の勉強、小さなお店を開く、回顧録を書く……。これらは全て、私がかつてやりたいと思いながらも、ずっと先延ばしにしてきたことだった。

突然、携帯が鳴った。東野十川からの電話だった。一瞬ためらったが、結局出ることにした。

「宮子、今すぐ病院に来い!」

彼の声は切迫し、怒りに満ちていた。

「何があったの?」

私は尋ねたが、心の中ではすでに不吉な予感がしていた。

「始子が大変なんだ、全部お前のせいだぞ!」

彼はほとんど怒鳴るように言った。

「心臓発作を起こして、今、危ない状態なんだ!」

私はしばらく黙っていた。まだ正式に別れたわけではないことを考えると、一度は顔を出すべきかもしれない。

「すぐ行く」

私は静かに言った。

電話を切り、深呼吸する。何が起ころうとも、これが過去との最後の関わりになるだろう。

病院の救急外来は人でごった返していた。中に入るとすぐに、病室の外に人だかりができているのが見えた。東野十川がその中心に立ち、険しい顔つきをしている。

彼が私に気づくと、その目に複雑な感情がよぎったが、すぐに怒りに取って代わられた。

「やっと来たか!」

私が口を開く前に、温水始子の友人らしき人物が駆け寄ってきて、私の鼻先を指さした。

「あんたね! 自分が何をしたかわかってるの? 始子は死にかけたのよ!」

私は困惑して彼らを見た。

「私が何をしたって?」

東野十川が前に進み出て、声を潜めた。その声には非難が満ちていた。

「始子さんは昔から心臓に持病があるんだ。精神的なストレスが発作を誘発するのに、あんたは人を寄越して彼女を脅したんだろ!」

私は衝撃を受けて彼を見つめた。

「何ですって? 私はそんなこと一度も……」

「とぼけるな!」

彼は私の言葉を遮った。

私の頭の中は真っ白になった。私はそんなことはしていないし、ましてや人を遣って温水始子を脅迫するなどありえない。

だが、目の前の怒りに満ちた顔ぶれを見れば、私が何を言っても信じてもらえないことは明らかだった。

この瞬間、私はついに悟った。ある種の人々には、あなたを理解することは到底できず、ある種の関係は、修復することが到底できず、ある種の嘘は、ずっと真実として扱われ続けるのだと。

ならば、もういい。

何も言わなくていい。

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