第4章
新しく割り当てられた豪華な個室で、私はキーボードを猛烈な勢いで叩いていた。
画面上では、私のLINEとTwitterのアカウントが、東南アジアの高級リゾートで働く裕福な日本人青年という、まったく新しいペルソナを丹念に構築している最中だった。
数日おきに、私は厳選された贅沢な写真を一枚投稿する。朝は海辺でジョギング、午後はゴルフ、夜は高級ホテルのレストランで食事。これらの写真はすべて技術部がネットから探し出し、完璧に加工を施したもので、綻び一つ見当たらない。
「次のターゲットは彼女か?」
肩がびくりと跳ねた。白さんがいつの間に入ってきていたのか、まったく気づかなかった。彼は私の後ろに立ち、画面に表示された田中恵子の写真に視線を落としている。
「スタイルは悪くないが、顔はまあ、ありふれた凡人だな」
白さんはわずかに興味を滲ませた声で評価を下した。
私は頷く。
「虚栄心が強く、金に釣られやすいタイプです」
「どう処理するつもりだ?」
白さんが尋ねる。
「こちらに誘き寄せ、文芸部に送り込みます」
私は平然と答えた。
白さんは眉をひそめ、私の決定にやや意外な表情を見せた。
「直接金を騙し取らないのか?」
「彼女自身は大して金を持っていませんが、その身体には価値があります」
私は冷静に説明した。
「文芸部は日本人女性が不足していますので」
白さんは同意して頷いた。
「なるほど、理にかなっている。希が彼女を迎えに行く手筈を整えよう。お前は自分の仕事を続けろ」
白さんが去った後、私の視線は再び田中恵子の写真に戻った。記憶が潮のように押し寄せてくる。
あれは中学二年の冬だった。
「見てよ、この貧乏人、震えてるみたい」
田中恵子は私の前に立ち、私の頭を足で踏みつけながら、東京から買ってきたばかりだという大福を手にしていた。
私は地面に這いつくばり、彼女にその姿勢を強要されていた。彼女は東京から帰ってくるたびに、決まってこの大福を持参し、私に「見せびらかし」に来るのだ。
「へえ、人の頭を踏みつけるのって、こんなに気持ちいいんだ、あははは!」
田中恵子は高笑いし、私の頭をぐりぐりと踏みつけた。餅の屑とあんこが彼女の口元からこぼれ落ち、私の顔と制服の上に降りかかる。
周りの連中が囃し立てた。
「もっと強くやれよ!床を舐めさせろ!」
田中恵子の子分である山本と木村が、スマホを取り出して写真を撮り始めた。
「これ、学校の掲示板にアップしよぜ。タイトルは『貧乏人の日常』で決まりだな!」
教師やクラスメイトが通り過ぎていくが、誰一人として足を止めて助けてくれる者はいなかった。彼らはただ俯き、見て見ぬふりをするだけだった。
私は頭を振り、記憶を心の底に押し込める。今度は、私が罠を仕掛ける番だ。
私はSNSに、助けを求める投稿をした。
『東京在住の方で、地元の特産品である大福を郵送してくださる方はいらっしゃいませんか?海外勤務が長くて、故郷の味が恋しくてたまりません。多めにお礼はしますので、どうかよろしくお願いします!』
メッセージを投稿してから半時間も経たないうちに、田中恵子からLINEでダイレクトメッセージが届いた。彼女は私のプロフィールページをチェックし、そこに並べられた豪華絢爛な写真の数々を目にしたのだろう。
『遥君、はじめまして!私、東京に住んでいるので、大福を送ってあげられますよ。確か、東京にすごく有名な老舗の大福屋さんがありますよね』
私はわざと二時間待ってから返信した。
『ありがとうございます、恵子さん。ただ、今会議中なので、後ほど詳しくお話ししてもよろしいでしょうか?こちらが私の携帯番号です。お時間のある時にでもお電話ください』
それからの数日間、私はLINEのSNSで「富裕層の生活」を演出し続けた。朝のジョギング、ゴルフ、高級ホテル。田中恵子は毎回、真っ先に「いいね」を押し、コメントを付けてきた。
彼女の心理を分析する。金持ちと結婚したいが、その世界に足を踏み入れる術がない。そんな彼女の前に、私が都合よく窓を開けてやったのだ。
『遥君って、どんな会社で働いてるんですか?なんだかすごそう!』
彼女がLINEで尋ねてきた。
『日系企業の海外支社で、主に東南アジア市場を担当している』
私は、冷徹さを保ちつつも優しさを失わない、絶妙なトーンで返信した。
『そういえば、恵子さんが手に入れてくれる大福って、どこのお店のですか?あの食感が無性に恋しくて』
『あの老舗のですよ!明日早速買いに行ってきます!』
彼女は熱心に返してきた。
私たちの会話は、伝統文化から人生哲学にまで及んだ。私が文学への深い造詣を見せると、彼女は私の学識と「穏やかで上品な」人柄に惹きつけられていった。
『遥君って本当に博識なんですね!』
彼女は照れたようなスタンプを送ってきた。
『恵子ちゃんこそ、お上手だな』
私はわざと親しげな呼び方で返した。
『あ、遥君に恵子ちゃんって呼ばれちゃった。恥ずかしい』
彼女はそう返信し、続けて一文を付け加えた。
『そうだ、大福、もう買ってきました。これから郵送しますね』
『本当にありがとう。それから、これはほんの気持ちだけど、お礼として受け取ってほしい』
私は彼女に二十万円を振り込んだ。
桜花組の他のメンバーは、その光景を見て驚きに目を丸くした。
「気は確かか?女に金をやるなんて」
ある同僚が小声で尋ねた。
私は答えず、画面に集中し続けた。
バレンタインデーの日、私は田中恵子に五十二万円を振り込み、メッセージを添えた。
『恵子ちゃんへのバレンタインプレゼント。気に入ってくれると嬉しいな』
田中恵子は、頻繁に自分の写真を送ってくるようになった。ヨガの後の自撮り、温泉上がりの写真。どれもあからさまな誘惑の色を帯びている。
『遥君、ヨガ終わったよー、疲れた~』
『お仕事、今日は忙しいのかな?えーん、私、温泉から上がったとこなのに~』
桜花組の同僚たちが私の後ろに集まり、画面上のやり取りを、驚きから困惑へと変わる表情で見つめている。
「よしよし、仕事中だ」
私は彼女にそう返信すると、後ろの同僚たちに向き直り、微笑んで言った。
「別に彼女を騙しているわけじゃない。何しろ、私の仕事内容は、彼女そのものだからな」
私は再び画面の田中恵子の写真に目をやり、口元に冷たい笑みを浮かべた。魚はもう針にかかった。あとは、糸を巻き上げるだけだ。
