第76章 YSに入る

彼女は顔を上げ、鏡の中の自分を見た。

 鏡は湯気で白く曇り、ぼんやりとした輪郭しか映っていない。

 その輪郭は白いバスローブをまとい、濡れた髪が頬に張りついていた。表情は見えない。けれど、その目に宿るものだけはわかる。恐怖だ。

 池田家へ戻ってから、ここまで怯えたことは一度もなかった。

 池田家では、ひとつ嘘をついても、それを取り繕うために十の嘘を重ねればいい。泣き方さえ本物らしく、傷ついたふりさえ上手ければ、誰も疑わない。

 だが、清川平は違う。

 あの男が握っているのは、まぎれもない証拠だ。涙でごまかせるような代物じゃない。もし本当に口を割られたら――

 新井飛鳥どころか、...

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