第2章 ベイビー、よくやった

六年の後、セント・ルシア教会。

留学の機会を捨てた高橋香織は藤崎家の支援を受け、無一文の平民から高橋グループの女社長へと華麗な転身を遂げた。

今日、彼女と藤崎蓮の婚約パーティーが開かれる!

高橋香織は純白のイブニングドレスを身にまとい、優雅にステージに立っていた。その向かいには、気品に満ちた一人の男性がいた!

オーダーメイドのスーツは、彼のすらりと伸びた体躯を完璧に際立たせ、神にも匹敵するほどの端正な顔立ちは照明の下で眩いばかりに輝いている。生まれ持った王者のオーラは、そこにいる誰よりも強い光を放っていた。

高橋香織の妖艶で精緻な顔に、満面の笑みが浮かぶ。これこそが彼女が慕い続けた男性。今日、ついに彼と婚約できるのだ。

藤崎蓮がただ家の年長者たちを誤魔化すために婚約者を求めているだけだと知っていても、高橋香織の心は喜びに満ちていた。彼女は誇らしげに口を開く。「皆様、ようこそお越しくださいました。本日は私と、蒼天市随一の商業帝国を率いる社長、藤崎蓮との婚約式でございます。皆様に……」

「マミー!」

高橋香織の言葉が終わる前に、白くて丸々とした黒い影がステージに駆け上がり、彼女のふくらはぎに勢いよく抱きついた。

来賓で満席のホールで、誰もがステージに駆け寄った子供に戸惑いの視線を向ける。

高橋香織はこの光景に呆然とし、慌てて言った。「坊や、人違いよ」

「マミー、ぼくはマミーの一番大好きな悠くんだよ。どうしてこのヒモ男と結婚するために、ぼくとダディを捨てちゃうの!」

子供は四、五歳といったところか、小さな体で、見上げた瞬間、その瞳は涙でいっぱいになった。

その幼い子供の言葉に、会場の来賓たちは一斉に息を呑んだ!

「高橋香織に息子がいたのか?」

「今まで聞いたこともなかったぞ?」

「藤崎様は人の子の父親になるってことか。おいおい、とんでもないスクープだぞ!」

ステージ下は騒然となった。

もとより婚約パーティーに参加する気のなかった藤崎蓮は、わずかに眉をひそめ、冷たい視線を高橋香織に突き刺した!

その鋭い眼差しに背筋が凍りついた高橋香織は、慌てて足元の子供を突き放した。「何をでたらめ言ってるの、あなたなんて知らないわ。どこの子よ、この子は?」

「マミーがこんな人だなんて思わなかった。お金のために実の息子まで捨てるなんて」子供はぷくぷくした小さな指で、隣に立つ気品あふれる藤崎蓮を指さし、泣き訴えた。「どこの馬の骨とも分からないこのおっさん、老けてて醜いし、ダディとは比べ物にならないよ。マミー、この人と結婚するのやめようよ。家族三人で村に帰って畑を耕す方が幸せじゃない?」

人々が高橋香織に向ける視線が、非常に奇妙なものに変わっていく。

高橋香織は恥ずかしさと怒りで逆上し、警備員を呼んだ。「ふざけたこと言わないで! あなたなんて知らない! 誰か、この悪い子を連れて行って!」

「マミーが悠くんをいらないなんて……もう生きていたくない」子供は涙をぽろぽろとこぼし、悲痛な様子で泣きじゃくった。

誰もが高橋香織の仕打ちに度肝を抜かれた!

まさか高橋香織がこれほど悪辣な人間だったとは。名家に嫁ぐために夫と子を捨てるなんて!

あんなに可愛い子が目を真っ赤にして泣いている。なんて可哀想なんだ。

高橋香織は慰めるどころか、突き飛ばす始末。人間のやることだろうか?

来賓たちの表情は様々だったが、帝王のように気高く君臨する藤崎蓮の眼差しは、深淵のように温度を失っていた。

高橋香織は必死に弁解した。「蓮、聞いて、説明させて。私、本当にあの子を知らないの……」

「替えろ」藤崎蓮は冷たい声で、背後のアシスタントに告げた。一片の情けもない!

彼が必要なのは婚約者という肩書きだけで、それが誰であろうと重要ではなかった。

会場から驚きの声が上がる。

全員の視線が高橋香織に集中する。衆人環視の中での婚約破棄、これは爆発的な大ニュースだ!

高橋香織は完全に狼狽し、思わず藤崎蓮の袖を掴んだ。男のすらりとした脚が止まる。振り返ったその冷たい一瞥に、高橋香織は恐ろしくなって慌てて手を離し、涙を流しながら、藤崎蓮が彼女の触れた上着をゴミ箱に捨てて去っていくのを、ただ見送ることしかできなかった!

高橋香織は怒りに燃えながらステージに戻った。騒ぎを起こした子供はすでに床から起き上がっており、顔にはまだ涙がびっしょりとついていたが、よく見ると、その瞳の奥には明らかな得意げな色が隠されていた!

屈辱と怒りから、高橋香織は手を振り上げ、子供の顔をめがけて叩きつけようとした! だが、その手が子供の顔に触れる前に、彼女の手首は誰かに掴まれた。

澄んだ笑い声が響き渡る。「お姉様、お久しぶり!」

この声は……。

高橋香織は全身に衝撃を受け、信じられないといった表情で目を見開いた!

「あなた、どうしてここに?」

「お姉様の一大事ですもの、妹が来ないわけないでしょう?」高橋美桜は鮮やかな紅を引いた唇を弧にし、自信に満ちた笑みはこの世のものとは思えぬほど美しい。

高橋香織は怒りを隠せず、鋭い声で言った。「昔、母さんがあなたに言ったこと忘れたの? どうして私の婚約式に現れるのよ。私に復讐してるの?」

「ええ、そうよ。お姉様、ご満足いただけたかしら?」高橋美桜はにっこりと笑う。その精緻で絶美な顔立ちは、多くの人々の目を惹きつけた。

高橋香織は、高橋美桜のその笑いが大嫌いだった。まるで泥棒猫のようだ。外にはまだ多くの来賓が残っている。高橋香織は高橋グループのトップに立つ社長であり、公の場で高橋美桜を咎め立てるのは品位を落とす行為だ!

高橋香織は高橋美桜の腕を掴むと、人気のない場所へと足早に向かい、低い声で警告した。「三日以内に出ていきなさい。さもなければ、ひどい目に遭わせてやるから!」

人に見られるのを恐れ、高橋香織はそそくさと立ち去った。おそらく藤崎蓮を追いかけたのだろう。

教会の中は混乱しており、来賓たちは次々と去っていく。小さな影が人混みを抜け、ちょこちょこと高橋美桜のそばへ駆け寄った。

「マミー、悠くんの演技、上手だった? マミー、悠くんを褒めて褒めて」赤ちゃんは無邪気な小さな顔を上げ、いたずらっぽく笑った。

高橋美桜はこの可愛い子ちゃんに心を鷲掴みにされ、赤ちゃんを抱きしめて思い切りキスをした。「よくやったわ、私の可愛い子は本当にすごい。さあ、ご褒美にミルクティーを飲みにいきましょう」

彼女は高橋悠太の手を引いて教会を後にした。

六年前、彼女は野村恵子に「エクリプス」へと売られた後、ほどなくして脱走した。数ヶ月間身を隠し続け、他の省まで逃げてようやく命拾いしたのだ。

その後、彼女は妊娠した。

あの男の子供を。

高橋美桜は当時、子供を堕ろそうと考えたが、医者から子供が大きすぎるため中絶は勧められないと言われ、産むしかなかった。

目の前の、磁器人形のように愛らしい少年を見て、高橋美桜は安堵した。もしあの時あんな決断をしていなければ、こんなに可愛い子を腕に抱くことはなかっただろう。

デザートショップで、高いスツールに座った悠くんは短い両足を揺らしながら、ミルクティーを手に無邪気に尋ねた。「マミー、ぼくのダディ、本当に蒼天市にいるの?」

「いるはずよ」今回、高橋美桜が戻ってきた目的は、あの夜の男が誰だったのかを突き止めることだった。

「やったあ、ダディに会えるんだ。どんな人かなあ? こんなにイケメンなぼくのダディなんだから、そんなに悪くないはずだよね。ダディに会ったらなんて言おうかな……」ちびちゃんはうっとりとストローを噛み、手のひらほどの小さな丸顔に甘い笑みを浮かべた。

食べ終わると、高橋美桜は高橋悠太を連れてホテル・ロイヤルグランドへ向かった。五年前のあの夜、797号室に宿泊した客について調べたかったのだ。フロントのスタッフが調べた後、顔色をわずかに変えたが、首を横に振って言った。「お調べしましたが、見つかりませんでした」

「そんなはずは……おたくのホテルに記録がないんですか?」高橋美桜は驚いた。

スタッフは首を振った。「申し訳ございません、お客様。確かにお見つけできませんでした。他に何かお手伝いできることはございますか?」

「それじゃあ……部屋を一つお願いします」高橋美桜は少しがっかりしながら、ルームキーを受け取ると悠くんを連れて上の階へ向かった。

高橋美桜が去った直後、スタッフは素早くどこかへ電話をかけた。「あの女が現れました!」

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