第3章

木曜日の午後四時、図書館の四階はほとんど人気がなかった。私は埃っぽい法律関係の書物に挟まれた隅のテーブルを陣取り、刑法の教科書を広げてはいたが、本当に集中しているのは目の前のノートだった。

ノートの中央には、蜘蛛のように瑛太の名前があり、そこから松井翔太、小野隆、井上直樹、そして藤本美咲へと線が伸びている。金額も書き添えられた、私だけの裏切りの相関図だ。

スマホが震え、瑛太からのメッセージが表示された。「麻央のこと考えてるよ。今夜、食事でもどう?💕」

ハートの絵文字に肌が粟立った。「今夜は無理。勉強してるから」と返信する。

「すみませんが、、図書館はあと一時間で閉館ですよ」通りすがりに、図書館員の人がそっと声をかけてきた。

荷物をまとめ始めると、心理学の書棚から長身の影が現れた。佐藤松也――経済学の大学院生で、坂井瑛太の社交クラブの仲間。でも、いつもあの連中とは違う雰囲気をまとっていた。

「中島さん?」その声には、心からの心配が滲んでいた。「何か、ひどく思い詰めたような顔をしていますね」

私は凍りついた。

「佐藤さん……ですよね?私たち、そんなに親しいわけでは……」

彼は一歩近づいた。「中島さんが思っている以上に、私は知っています。そして、中島さんが厄介なことに巻き込まれていることも」

その言葉は、挑戦状のように宙に浮いていた。私は彼の顔に、瑛太の声に時折混じるような何気ない残酷さの兆候を探したが、そんなものはどこにも見当たらなかった。

「厄介なことって?何の話ですか?」と私は尋ねた。

佐藤松也は答えずに図書館の中を見回し、まばらに残っている学生たちに目をやった。「ここでは話せません。ついて来てください」

あらゆる理性的判断に反して、私は彼に従った。

佐藤松也は私を、建物の人目につかない隅にある小さな討論室へ連れて行った。ドアがカチリと閉まると、急に世界がとても小さく、静かになったように感じた。

「あのパーティーのことです」佐藤松也は前置きもなしに言った。「坂井瑛太は中島さんに薬を盛っていました。意識が完全ではなかったから、覚えていないんです」

倒れそうになるのを堪え、テーブルの縁を強く握りしめた。

「どうして、そんなことを知って……?」内心とは裏腹に、思ったよりもしっかりとした声が出た。「あなたも、彼らの仲間なんですか?」

佐藤松也は答えた。「違います。私は中島さんを守ろうとしてきたんです」

窓を叩き始めた雨音が、心の中の混乱と重なった。「守るって?どうやって?パーティーに佐藤さんがいらっしゃった記憶なんて、私にはありませんけど」

佐藤松也は髪をかき上げた。その表情に、罪悪感のようなものがよぎったのを私は見た。「中島さんが覚えていないのは、私がそう仕向けたからです。それが、中島さんを安全に保つ唯一の方法でした」

「どういう意味ですか?」私はドアに向かって後ずさった。これもまた罠だ、と本能のすべてが叫んでいる。「なぜ信じられると?私にしてみれば、あなたもあのたちの悪いゲームの仲間かもしれないじゃないですか」

「もし私が仲間だったら、中島さんはとっくに破滅させられています」彼の声には絶対的な確信がこもっていた。「私が、中島さんとあいつらの間に立つ、唯一の壁だったんです」

その口調に含まれる何かに、私は動きを止めた。

「どういう、意味……?」

佐藤松也は長い間黙って、私がどれだけの真実に耐えられるか見極めるように、私の顔をじっと見つめていた。やがて彼が口を開いたとき、その声はほとんど囁き声に近かった。

「坂井瑛太がパーティーで中島さんに薬を盛るたび、あいつが計画通りだと思い込むたび……実は、中島さんに何も起こらないようにしていたのは、私だったんです」

恐ろしいパズルのピースがはまっていくように、すべてが繋がり始めた。混乱しながらも、なぜか身体的には無傷で朝を迎えていた、あのいくつもの朝が。

「じゃあ、私が……彼らが……そう思っていた時も……」最後まで、言葉にすることができなかった。

「はい」佐藤松也の瞳は、決して私から逸らされなかった。「いつだって私でした。私だけが」

討論室がぐるぐると回っているような感覚に陥った。椅子に沈み込み、両手でこめかみを押さえる。彼が語る言葉の全容が、津波のように私に押し寄せてきた。

「瑛太が私に薬を盛るたびに、あなたが……私と……」その言葉が意味するところは、あまりにも衝撃的だった。

「坂井瑛太がその夜に用意していた相手と、私が入れ替わっていたんです」佐藤松也は静かに言った。「中島さんが安全でいられるように、暴力的なことが何も起こらないように。でも同時に、坂井瑛太には計画がうまくいっていると信じ込ませていました」

「それが、どうして私を守ることになるの?」怒りが胸の内で燃え上がった。「それでもあなたは――」

「君を傷つけたことは一度もありません、中島さん」彼の声は、断固としていながらも優しかった。「私は慎重でした。中島さんが心地よく過ごせるように、恐怖や苦痛を感じないように。そして、坂井瑛太が真実に気づかないように細心の注意を払いました」

私は彼を見つめ、彼がしてきたことの途方もなさを理解しようと努めた。「……信じられません」

「中島さん」佐藤松也は、私を圧迫しないように注意しながら、さらに近づいた。「君のお腹にいる赤ちゃん……私の子である可能性が、高いんです」

私は彼を見上げ、その顔に嘘の気配がないかを探った。そこにあったのは、希望と恐怖が入り混じったような表情だった。

「どうして、そんなに確信できるんですか?」と私は尋ねた。

「実際に中島さんと一緒にいたのは、私だけだからです。毎回、必ず。確実にするためにはDNA鑑定が必要ですが……」彼は言葉を切り、再び髪に手をやった。「真実は分かっているつもりです」

話しているうちに雨は止み、窓からは金色の夕日が差し込んでいた。私たちの間に、重い意味を孕んだ沈黙が伸びる。

「やり直せます」佐藤松也は続けた。「坂井瑛太に、中島さんにしたことの償いをさせることができます」

「私を助ける見返りに、何が欲しいんですか?」意図した以上に疑い深い口調になってしまったが、聞かずにはいられなかった。誰もが何かを求めているものだ。

「今度こそ、中島さんをきちんと守るチャンスが欲しいです。それだけです」彼の答えは即座で、誠実だった。

夕暮れの空気の中を二人で歩きながら、私は佐藤松也の横顔を観察している自分に気づいた。その肩の構えや、注意深く意識を配るような身のこなしに、どこか見覚えがある気がした。

「まだ、どうしてあなたがこんなことをしたのか分かりません。私たちはほとんど知り合いでもないのに」と私は言った。

佐藤松也は、それぞれの寮へと続く道の分岐点で立ち止まった。街灯の光の中で、彼の表情はどこか脆く見えた。

「中島さんが覚えている以上に、私たちは互いを知っていますよ」と彼は応えた。

「どういう意味ですか?」

「聞く準備ができた時に、説明した方がいいこともあるんです」

もっと問い詰めたい、答えを要求したいと思った。だが、彼の声の何かが、この物語にはまだ私が受け止めきれない層があるのだと警告していた。

「少なくとも、私を助けるという言葉に嘘はないと、そう言ってくれますか?」と私は尋ねた。

「中島さん」彼は私の腕に触れようとするかのように手を伸ばし、そして、寸前で止めた。

大学院生の宿舎の方へと彼が闇に消えていくのを見送りながら、私はここ数日感じたことのなかった感情を抱いていた。希望だ。

瑛太の裏切りを知って以来、初めて、私は完全に一人ではなかった。お腹の中で育っているこの子は、結局のところ暴力の産物ではないのかもしれない。そして、私の信託基金ではなく、私の幸せを本当に気にかけてくれる人を見つけたのかもしれない。

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