第10話 彼の去り

この声。聞き覚えがある。

彼女はケーキではなく、私に刃を向けた。何が起きているのか、脳がすぐには処理できなかった。馬鹿げたヒールを履いて後ろによろめいた拍子に、ヴァレンティノのドレスにあしらわれたラインストーンが、鈍い光を捉えた。

私たちの間に、悠真が現れた。ただ――そこに。まるで虚空から現れたかのように。彼が彼女の手首を掴んだ瞬間、刃がその手に食い込み、二人とも激しく床に倒れ込んだ。

血。彼の血だ。

給仕のマスクがずれ、怒りに歪んだ顔が露わになった。池田花子だ。荒い息をつきながら、まだナイフを握りしめている。

「谷口柚希!」彼女は叫んだ。「あんたが、すべてを壊したのよ!...

ログインして続きを読む