第5章 決定

「隆史お兄ちゃん……」

鈴木直美は掠れた声で何か言いかけたが、結局何も言えなかった。鈴木隆史は溜め息をつきながら、妹の頭を優しく撫でた。

「お腹すいてない?何か作らせようか」

直美が頷いたその時、ベッドから起き上がろうとした彼女に向かって一つの影が飛びついてきた。

「直美ちゃん、やっと帰ってきたのね!」

深江ゆきは鈴木直美を強く抱きしめ、直美は息が詰まりそうになった。

幸い、すぐに手を放してくれた。ゆきは直美の体を上から下まで確認し、腕の注射痕を見つけると激しい怒りを爆発させた。

「あの藤原炎一のバカ野郎!よくもこんなことを!」

ゆきが藤原炎一に詰め寄ろうとしたが、直美に引き止められた。「ゆきちゃん、大丈夫だから」

深江ゆきは幼なじみであり、親友だった。藤原炎一との結婚を決めた時、身分を隠して嫁ぐと言い出した直美を、ゆきは散々叱りつけた。でも恋に盲目だった直美は誰の言うことも聞かず、強引に藤原家に嫁いでしまい、ゆきとの付き合いも自然と疎遠になってしまった。

今、こんなにも心配してくれるゆきを見て、やっと押さえ込んでいた感情が溢れ出し、涙が止まらなくなった。

慌てふためいたゆきが慰めようとした時、ドアから威厳のある年老いた声が響いた。

「何を泣いているんだ。離婚したぐらいで!しっかりしろ!」

直美は体を強張らせ、ドアの方を見上げた。威厳に満ちた男性が立っていた。その人が一歩進むや否や、直美は駆け寄って泣き崩れた。

「お父さん!」

鈴木哲也は怒ろうとしていたが、娘の悲しそうな泣き顔を見て、心配と憐れみの表情を浮かべた。

鈴木グループの総帥である自分は、西新宿を震わせる程の力を持っているというのに、自分の娘が他人の家で三年も苦労していたことを思うと、怒りを感じずにはいられなかった。

最初の約束で直美の身分を明かさないと決めていなかったら、とっくに藤原家に乗り込んで、娘の仕返しをしていただろう。

しゃくり上げる直美を見つめながら、溜め息交じりに言った。「三年経っても、あの小僧は心を動かされなかったな。もう諦めるときだ」

哲也は直美の涙を拭いてやった。直美は暫く泣き続けた後、すすり泣きながら口を開いた。

「大丈夫、お父さん。もう分かったわ。あの人は...全然価値のない人だったってことを」

自分を愛していない男のために全てを捨て、家族まで見捨てたことが、人生で最大の後悔だった。

「よし、ゆっくり休むんだ。後でパーティーを開いて、皆に教えてやろう。鈴木哲也の娘が帰ってきたってな!」

この三年間、直美の身分がバレないように、留学していると言い張っていた。密かに様子を探っては、藤原家での娘の苦労を見るたびに胸が痛んだが、何もできなかった。

直美は頷き、ゆきと抱き合う二人の目は真っ赤になっていた。

哲也と隆史が去った後、長々と話し合い、離婚証明書を確認してやっとゆきは安心したようだった。

「とっくに別れるべきだったのよ。見てよ、こんなにやせちゃって!」ゆきは心配そうに直美の手を握った。

直美はその手を軽く叩いて、「もう終わったことよ。そうそう、明日藤原家に行かなきゃ」

「まだ未練があるの?」ゆきは焦って、直美を睨みつけながら説教を始めようとした。

直美は困ったように彼女を制した。「急いで出てきたから、証明書がまだ向こうにあるの!」

病室を出てすぐお兄さんに電話して、近くにいた人を寄越してもらった。慌てて出てきたときは離婚証明書だけを持ってきて、身分証明書は藤原邸に置いてきてしまった。

再発行はできるけど、自分の物を藤原家に置いておきたくなかった。

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