第3章
それからのひと月、私はまるで別人のように生まれ変わった。
恵司を追い回すことも、美沙希からの電話に出ることもきっぱりとやめた。その代わり、ファミリーの中核事業に頻繁に出入りし、父について回りながらビジネスのあらゆるプロセスを貪欲に吸収し始めた。
父は驚いたようだったが、それ以上に目を細めて安堵していた。「この子は線が細すぎる、この家を背負って立つには頼りない」と、ずっと案じていたからだ。
そして赤山は、影のように常に私の背後に控えていた。
射撃場では、私の手に自身のそれを重ねて姿勢を矯正する。分厚い掌のタコが擦れ、私の手背が熱を帯びるのを感じた。書斎では、窓外からの視線を遮るように、彼は無言で闇に溶け込み、私を守護していた。
わかる。私を見る彼の眼差しが変わったことに。
かつてのような、ただ堅苦しいだけの恭順ではない。そこには、押し殺した熱情と、微かな戸惑いが混じっていた。
瞬く間に時は過ぎ、誕生パーティーの前日を迎えた。
ドレスが届く。
父に頼んで特注させた一着だ。漆黒のベルベットを用いたロングドレス。背中は大胆に肌を見せ、裾には数千個ものブラックダイヤモンドが散りばめられている。控えめに見えて、その実、底知れぬほど豪奢。
前世、私は恵司の勧めに従って地味な色のドレスを選んだ。「慎み深くて優雅だ」なんて言葉を真に受けて。だが今世は違う。誰がこの家の真の継承者であるか、全員の目に焼き付けてやるつもりだ。
試着室でドレスに袖を通していると、不躾にも美沙希が飛び込んできた。
手には純白のふんわりとしたドレス。まるで純潔な天使か何かのつもりだろうか。
「寧音!」
彼女はあどけない表情を作って駆け寄ってくる。
「見て、この服可愛くない? 明日はこれを着ていこうと思って」
私は鏡越しに彼女を一瞥した。
前世、彼女はこの白いドレスを纏い、泥中の蓮のように清らかなぶりっ子を演じきった。そのせいで、私はどこかから迷い込んだ薄汚い部外者のように見下されたのだ。
「ええ、素敵ね」
私は淡々と告げる。
「貴女にとてもお似合いよ」
美沙希はほっと胸を撫で下ろし、探るような上目遣いになった。
「ねえ寧音、明日のこと……本当に決めたの? 恵司くん、最近怒ってるけど、心の中では寧音のこと想ってるはずよ。明日、みんなの前で彼を選ぶって宣言して顔を立ててあげれば、きっと元通りになるわ」
誘導している。
私が心変わりすることを恐れているのだ。
私は指をくいと曲げ、赤山に背中のファスナーを上げるよう合図した。彼の指先は温かい。その熱が背に触れた瞬間、思わず背筋が震えた。
「美沙希」
鏡に映る彼女の偽善的な面を見据える。
「私より貴女のほうが焦っているみたいね?」
美沙希の表情が凍りついた。
「そ、そんな……私は寧音のためを思って……だって、二人は幼馴染だし……」
必死さを隠せないその瞳を見て、私は心の中で冷笑する。
彼女はまだ、私がパーティーで恵司を選ぶと信じ込んでいる。そして恵司が条件を突きつけ、私を公衆の面前で辱めるという筋書きを期待しているのだろう。残念だが、その期待は裏切られることになる。
「そうね、幼馴染だもの」
私は意味深長に言葉を反芻する。
「そろそろ、積もった『ツケ』を精算しなきゃいけないわね」
美沙希の目に喜びの色が走った。彼女は、私が恵司とよりを戻すという意味だと勘違いしたようだ。
「よかった! 恵司くんね、実はとっくに婚約指輪を用意してるの。明日の寧音の言葉を待ってるだけなんだから」
その浮かれた様子は、まるで私が自ら火坑へ飛び込むのを見届けたかのようだった。
彼女が去り、試着室には私と赤山だけが残された。
「貴方は、恵司が私に相応しいと思う?」
不意に問いかける。
赤山は弾かれたように顔を上げた。その瞳に苦痛の色が過ぎるが、すぐに俯き、奥歯を噛みしめて答えた。
「……土屋様は家柄も良く、お嬢様と……お似合いです」
「お似合い?」
鼻で笑い、彼に歩み寄る。手を伸ばしてその顎を掬い上げ、無理やり視線を絡ませた。
「それは昔の話。今の私は、家柄が釣り合っていることよりも……絶対的な忠誠のほうが価値があると思うの」
赤山の瞳孔が激しく収縮する。
「中宮お嬢様、私はただの護衛です……」
「護衛だから何?」
私は手を離した。
「人の皮を被っていても腹の中が真っ黒な人間もいれば、身分は低くとも、その命が鋼のように強靭な男もいる」
「明日になればわかるわ。この劇は、貴方が想像するよりずっと面白いものになるはずよ」
……
その夜、父に書斎へ呼び出された。
「寧音」
父はコイーバを燻らせ、鋭い眼光を向けてくる。
「明日のリスト、これで確定か?」
机上には招待客のリスト。その筆頭には土屋恵司の名が金箔押しで記され、まるで決定事項であるかのように輝いている。
私はペンを手に取り、その名をじっと見つめた。
「お父様」
顔を上げ、きっぱりと告げる。
「我が家を乗っ取ろうとする夫なんて要りません。私に必要なのは、私のために人を殺せる『懐刀』です」
父は一瞬呆気にとられ、次の瞬間、豪快に笑い出した。
「よし!」
バン、と机を叩く。
「さすがは俺の娘だ! 腹が決まってるなら、明日は好きにやれ。空が落ちてこようが、俺がすべてケツを持ってやる!」
書斎を出ると、赤山は変わらずドアの傍らに控えていた。廊下の灯りが、彼の影を長く引き伸ばしている。
「赤山」
「は」
「明日は、とびきり格好良くしてきなさい」
