第6章

「あいつが……自分から?」

 将吾の声は干からび、絞り出すようだった。

 そんなはずはない。紗枝は十年間も耐え抜いてきたのだ。傷つくたびに体を治し、再び彼の前に現れては、いつ市役所へ婚姻届を出しに行くのかと尋ねてきた。彼女が決して諦めることはなかった。

「跪け」

 老人の杖が重々しく床を叩いた。

 将吾は冷たい床に膝をついた。

「あの子がお前の会社の階段で死にかけたのを知っているのか? 私が夜通し海外から駆けつけていなければ、お前は今頃、あの子の葬式を出していたんだぞ!」

「俺はあの時……あいつが、ただの……」

「芝居だと? 芝居だと思ったから、あの女を抱き上げて立ち去ったと...

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