第165章 交通事故

谷口拓の最初の数言を聞いた時点では、市川希美もそこまで驚かなかった。

だが、最後の一言が耳に入った瞬間、思わず顔を上げて彼を見た。

「キオ? あいつの身元、掴めたの?」

谷口拓は複雑そうな表情を浮かべたまま、それでも小さくうなずく。

「……ああ。キオ――井口哲。井口家の当主だ。それに、伊藤沙梨の“後ろ”にいる人間でもある」

希美の手を拭く動きがぴたりと止まった。瞳の奥に、抑えきれない驚きが走る。

「また伊藤沙梨……?」

谷口拓は言葉を選ぶように一拍置き、要点だけを切り出した。

「井口哲は以前、M大学で一度、お前の曲を聴いた。オリジナルの――『雲海』だ。あいつ、かなりひどい不眠...

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