第1章

刃先が喉元に突きつけられ、すでに血が滲んでいた。

「神代君、一人選んでくれ」

黒服の男が冷たく言った。

「佐藤さんと、温井、どっちだ?」

倉庫の照明は薄暗く、神代良佑の表情は陰に覆われている。私は彼を見つめ、待っていた。この瞬間を、もうずっと昔から待っていたような気がした。

彼の視線は私と佐藤の間を彷徨い、やがて若葉のほうへと定まった。

「佐藤を選ぶ」

黒服の男が佐藤を解放すると、彼女はよろめきながら神代良佑のもとへ駆け寄り、その背後に隠れた。喉元の刃が、さらに深く食い込むのを感じる。

神代良佑はようやく私に目を向けたが、その瞳には何の揺らぎもなかった。

「温井、芝居はもういい加減にしたらどうだ? 反吐が出る」

私は呆然とした。彼にはこれが、私の仕組んだことだと思われているのか?

佐藤が彼の背後から顔を覗かせ、弱々しげな表情で言った。

「温井さんへの扱いは、ずいぶん手加減されてましたわ」

彼女は自分の頬に残る平手打ちの痕を指差す。

「私の顔を見てください」

神代良佑の眼差しが、一層冷たくなった。

彼が佐藤の言葉を信じ込んだのだと分かった。この赤く腫れた平手打ちの痕が本当の暴力によるもので、三十分前に彼女が黒服の男に命じてつけさせたものではないと。

「神代君が選択を済ませた以上、こいつは俺たちで貰っていくとしよう」

リーダー格の黒服の男が、私を指差しながら下卑た口調で言った。

別の黒服の男が歩み寄り、乱暴に私の制服を引き裂いた。

布が破れる音が、倉庫の中にやけにけたたましく響く。神代良佑の視線が一瞬止まったのが見えたが、彼はすぐに何事もなかったかのように目を逸らした。

「芝居にしては迫真さに欠けるな」

彼は冷ややかに言い放つ。

「そんなままごと遊びは、もうお開きにしたらどうだ」

私はふと何かを悟り、くすりと笑った。

「神代君、私、一つだけ間違いを犯してしまったみたいです」

記憶が潮のように押し寄せてくる。私はかつて、神代史人の「忠犬」だった。少なくとも、誰もがそう思っていた。

深夜に彼の電話を受ければ、友人からは「本当に忠犬みたい」と揶揄され、熱があっても彼のために資料を準備し、同級生たちには尊厳もなく彼の後を追いかけていると嘲笑された……。

自分のしてきたことは全て正しいのだと思っていた。あの日、彼の書斎で偶然あの写真を見つけるまでは。

写真には瓜二つの少年が二人写っており、片方の鼻先にだけ小さな黒子があった。

写真の裏にはこう書かれていた。神代良佑と神代史人、十四歳。

そこで初めて、神代史人に双子の弟、神代良佑がいることを知った。さらに衝撃的だったのは、神代史人が十七歳で死んだという事実だ。彼は若葉という名の少女への不適切な行為未遂で告発され、神代家は一族の恥を揉み消すためにその情報を隠蔽し、神代史人の存在そのものを抹消したという。

だが、それは私の知る全てと食い違っていた。

残念ながら、真相に辿り着く前に、私はこの誘拐事件に巻き込まれてしまった。

「自分の行いは全て正しいと信じ切っているのかと思ったよ」

神代良佑が嘲る。

「どうせ君は、僕の両親が僕を見張るために配置した駒に過ぎないんだから」

黒服の男たちは何か指示を受けたのか、突然私を船べりへと引きずっていった。手足を縛られており、身動きが取れない。

彼らが私を船から突き落とそうとしたその時、神代良佑の顔に一瞬驚愕の色が浮かぶのが見えた。彼は無意識に私に向かって駆け寄り、手を伸ばす——。

だが、もう遅かった。

冷たい海水が私を飲み込み、暗闇の中、私はあの鼻先に黒子のある少年のことを思い出していた。

私は人違いをし、愛する人を間違え、そして最後も、間違った選択の中で死んでいくのだ。

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