第2章
意識が戻った瞬間、まず感じたのは痛みだった。
膝が火傷のようにヒリヒリと痛み、手首は引っ張られて脱臼しそうだ。
身体は恐ろしいほど軽く、まるで一陣の風に吹き飛ばされてしまいそう。俯くと、洗いざらしで白っぽくなった制服が目に入る。袖は少し短く、固いタコに覆われた手が見えた。
この手には、見覚えがある。
神代良佑についていたあの数年間で、これらのタコはとっくに手入れされて消えていたはずなのに。
ということは。
私は、生まれ変わったのか?
「この恩知らずが!」
鋭い女の声が耳元で炸裂し、再び腕が激しく引かれた。
私の母親だ。
「女が勉強なんてしてどうするの! 学校の連中にそそのかされて、自分が偉くなったとでも思ってるんじゃないの!」
母親は私を引きずりながら狭い路地を進む。私の膝はざらついた地面で擦りむけ、制服の裾も破れてしまった。
私は抵抗せず、ただ黙って身体の弱さを感じていた。
海水の中でもがき苦しんで死に、そして今こうして目覚める。すべてがあまりに非現実的だった。
「金はもう受け取ったんだから、今日あんたはあの男に会わなきゃならないんだよ! あんたの弟の塾代は、全部これにかかってるんだからね!」
母親は罵り続け、手にかける力はさらに強くなった。
ようやく思い出した。この日だ。十六歳の私が初めて母親に無理やり援助交際に連れて行かれ、自分よりずっと年上の男たちに会わされそうになった日。
記憶が正しければ、この後、何が起こるんだっけ?
私の手は無意識に鞄へと伸び、常に持ち歩いていた小さなナイフを探っていた。
この家庭において、これだけが私の唯一の安心の源だった。
「おい、最近の人攫いは随分と大胆になったもんだな。白昼堂々、路上で女子を引っ張っていくとはよ」
背後から聞こえてきた聞き慣れた声に、全身が硬直した。
ゆっくりと振り返ると、彼がそこに立っていた。
派手な金髪、着崩した制服の上着、鷹のように鋭い眼差し。
神代史人。
神代良佑じゃない、神代史人だ。
心臓が胸から飛び出しそうだった。
前の人生でも、この日に私を救ってくれたのは彼だった。
それなのに私は、命の最後の瞬間まで、人違いをしていたことに気づかなかった。愛を、間違った相手に捧げてしまったのだ。
「無知なもんだな、おばさん」
神代史人は嘲るように私の母親を見つめ、財布から札束を抜き出した。
「これで、あんたの娘の自由を買うには足りるか?」
母親は目を細めた。
「たったこれっぽっちで?」
神代史人は苛立たしげにちっと舌打ちをすると、ポケットから指輪を一つ取り出した。
「これもくれてやる」
私は勢いよく前に飛び出し、その指輪をひったくると同時にナイフを取り出し、母親に向けた。
「もう十分よ」
「この恩知らずの——」
「あの男があなたに渡したのは五十万円だけ」
私は冷静に彼女の言葉を遮った。
「この束は少なくとも八十万はある。十分でしょ」
「たった五十万で女子高生とヤろうってか? どこの甲斐性なしのおっさんだよ」
神代史人は冷笑した。
私は母親の目をじっと見つめる。
「これ以上しつこいなら警察を呼ぶ。未成年の援助交際がどうなるか、あなたも分かってるはずよ」
母親は私の突然の反抗に呆気に取られ、悪態をつきながら金をひったくると、駅の方向へ歩いて行った。
「恩知らずな子だよ、まったく!」
私は警戒を解かず、母親の姿が完全に視界から消えるまで見届けてから、ようやくゆっくりとナイフを下ろした。
「ひょろひょろの竹竿みてえな見た目して、ナイフ持ち歩いてんのかよ」
神代史人が不意に顔を近づけ、からかうような口調で言った。
「どうした、不良少女にでもなるつもりか?」
私は答えず、ただ静かに彼を見つめていた。
これが本物の神代史人。神代良佑じゃない。
二人はそっくりだった。あの小さな黒子を除けば。
けれど、神代良佑はいつも物腰が柔らかく、神代史人は生命力に満ち溢れている。まるで、決して消えることのない炎の塊のようだ。
前の人生で、私はすべての忠誠と愛を神代良佑に捧げた。だが、命が尽きるその瞬間になってようやく、私が本当に身を捧げるべきだったのは、目の前にいるこの人だったのだと知った。
神代史人は私の視線に居心地が悪くなったのか
「おい、お前、何考えてんだよ。黙りか?」
私は依然として沈黙を保っていた。
「ったく」
彼は頭を掻き、その眼差しに一瞬、困惑の色がよぎった。
