第百十一章 触るな

林田遥香は柱の陰に身を潜めたまま、もう十分以上も息を殺していた。

花村秋人の助手が階段を下りていく姿を見届けて、ようやく――恐る恐る顔をのぞかせる。

急いで自分のドレスの皺を整え、指で唇を強くこすった。血色が薄いと見られたくない。淡いピンクの艶が出るまで、何度も。

花村秋人の表情が落ち着いているのを確認してから、林田遥香は小さく深呼吸を二度。わざと「たまたまそこにいた」ふうを装い、距離を詰めた。

屋上庭園を抜ける風は、初秋の冷たさを含んでいる。花村秋人は彫刻の施された欄干にもたれ、指先でスマホを挟んだまま、電話の向こうのオークション責任者のぼやきを受け流していた。

『なあ、花村秋人。...

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