第2章 こんにちは、醜いね
『「ベイビー帰宅」番組チームからの呼びかけ――亀山地震から18年。当時、数えきれない孤児たちが諦めずに歩み続け、ついに実の家族と再会!』
『亀山地震の生存者――子どもを探し続けた18年!』
『白髪になるまで待った母、ついに子が帰る』
亀山地震……18年。
星野彩実は目を見開いた。
自分も、ちょうど18歳だ。
母の言い方だと、私は風俗嬢が産んだ子――。
でも、あの人たちは誰の名前も出していない。でっち上げの可能性だってある。
孤児院から引き取られたわけじゃない。
だったら「誰か」から買ったということになる。
まさか、あの地震のあとに出た孤児を、顔がいいからって売り買いした――?
あり得る。十分に。
星野彩実はスマホをしまった。
師匠を頼るかどうかは別として、ジャグオク王国へ行くつもりは変わらない。
でも実の親を探さないままだと、もう二度と辿り着けないかもしれない。
もし見つけた親が、自分を売った当人だったなら。
華国に、星野彩実を縛るものは何もなくなる。
そのときは――師匠に尽くして尽くして、老いてゴッドに会うだけ。
ニュースの連絡先を記憶し、星野彩実は迷いなく電話をかけた。
――星野家別荘。
「やった! 星野彩実のあのクズ、ついに死んだ! 鈴木さん! 二階のあの部屋、今すぐ空けて! 私のバッグ置き場にする!」
「かしこまりました、奈菜様」
「何が奈菜様よ! 目ぇ腐ってんの!? いい? この家のお嬢様は私だけ! また『彩実様』なんて言ったら、星野家から叩き出す! それだけじゃない。京清市じゅうで働けなくしてやる!」
「も、申し訳ございません……お嬢様。すぐ改めます」
「よし。……ふん!」
星野奈菜は、もう演技をする必要がない。
双子の設定のせいで、何もかも二つ買わされてきた。自分は「誰かと同じ」を死ぬほど嫌うのに。
星野彩実なんて、最初から死ぬべきだった。
奈菜は彩実が使っていた寝具を乱暴に引き剥がし、床に放り投げた。
ぐしゃっ、と踏みつける。二度、三度。
そのとき――。
手首から、黒い細糸のようなものが、ゆっくりと肘へ向かって這い上がっていた。
ある地点で、すうっと血管の下へ潜り込み……消える。
奈菜は鼻をこすり、ぞくりと肩を震わせた。
……やっぱり、クズが住んでた部屋は縁起が悪い。
――浅倉荘園。
「父さん! 見て! 早く見て! この人、母さんにそっくりだ!!」
浅倉拓実は勢いよく立ち上がり、テレビ画面を指さした。声が裏返る。
無理もない。
母は、あやちゃんを失ってからずっと罪悪感に潰され、毎日泣いていた。
やがて自分で自分を閉じ込める牢を作り、祈る以外、部屋を出なくなった。
近年は祈りの声さえ小さくなっている。
拓実は何度も外へ出ようと頼んだが、母は石みたいに動かなかった。
だからこそ、テレビの少女があやちゃんだったら――母は必ず喜ぶ。
「何をぼさっとしてる! 電話しろ!」
浅倉啓太も立ち上がり、画面から目を離せない。
啓太と妻は、若くして結ばれた夫婦だった。
たくちゃん――浅倉拓実が生まれ、数年は二人きりの時間を楽しむつもりだった。
なのに、あやちゃんまで追いかけてこの世界にやって来た。
家族四人の幸せに浸るうち、娘の名すら、まだ決められないまま――。
ある夜。
浅倉荘園が火事になった。
混乱の中、夫婦は気づく。ベビーカーに――赤ん坊がいない。
荘園で、誰かにさらわれたのだ。
妻の浅倉友紀子は「孫娘を嫌う浅倉莉子がやった」と疑い、啓太は否定した。
夫婦は決裂した。
それでも息子がいる。
啓太が必ず娘を取り戻すと誓ったから、友紀子は離婚を選ばず、荘園裏山に自らの牢を建てて籠もった。
啓太は18年間、広告、チラシ、テレビ――できることはすべてやり尽くした。
まさか、こんな形で妻に似た少女を見る日が来るなんて。
星野彩実。18歳。
左耳に赤い痣――。
……痣じゃない。
浅倉家の新生児に施す儀式だ。熱した鋼針で耳たぶに小さな孔を残す。
浅倉グループの祖が残した、血筋の証。
まさか、本当に先祖が導くとは――。
浅倉啓太はDNA結果を待てず、浅倉拓実を連れてテレビ局へ向かった。
――テレビ京清。
「姉ちゃん、精神の発作でも起こしたの?」
「何が『星野家の子じゃない』よ」
「18年間、私の姉ちゃんだったでしょ!」
「私たち双子でしょ!」
「私のことも分かんないの?」
「じゃあママは? ママのことなら分かるでしょ!」
「姉ちゃん、やめてよ! 私、妹だよ! 奈菜だよ!」
星野奈菜は、涙一滴も出ていない目元を指でこすった。
横目で周囲の視線を窺う。刺すみたいに痛い。
朝、テレビの尋ね人番組を見なければ、星野彩実が生きているなんて思わなかった。
しぶとい。クズのくせに命だけはでかい。
本当は関わりたくない。
だが父は言った。必ず連れ戻せ。
彩実は崖から落ちたのに帰宅しなかった。
つまり、何かに気づいた可能性がある。
星野家の汚れた秘密を、あいつの口から外へ漏らされるわけにはいかない。
万が一、外で好き勝手喋られたら――京清市の新興名家として終わりだ。
星野卓志は、養女一人に家の運を潰されるのが我慢ならない。
だから星野蘭に命じ、奈菜を連れて真っ先にテレビ局へ来させた。
連れ帰ったあとの処分は、扉を閉めてからでいい。
要するに――外をうろつかせるな。
「離して。テレビ局で私と芝居するつもり? 星野奈菜、気持ち悪くないの?」
星野彩実は奈菜の耳元へ、低い声で囁いた。
奈菜は背筋が凍った。
……知ってる? 何かを?
そんなはずない。
家族全員、演技は完璧だ。星野蘭は華国一級の舞台俳優――芝居の血が流れている。
――まさか使用人が口を割った?
彩実に金でも握らされた?
奈菜の顔色がころころ変わる。
星野彩実は鼻で笑った。
「ねえ、言われたことない? あんた、カメレオンみたいだって」
「双子なのに不思議だった。私、白くて背も高くて髪も多いのに」
「あなた、厚底履いても160ないじゃない」
「しかも薄毛、見えてるよ」
「ママは『二卵性だから似ない。片方はパパ似、片方はママ似』って言ってたけど」
「なるほどね。ブサイクな遺伝子、全部あんたが引き受けたんだ」
「よかった。私は実子じゃなくて」
「私のことブサイクって言った!!」
尻尾を踏まれた猫みたいに、奈菜は一瞬で噴き上がった。
芝居はできても、容姿と身長だけは地雷だ。
ずっと憎かったのは、並ぶと自分が使用人みたいに見えるから。
笑いかけられるのだって、みんな彩実のついで。
奈菜は手を伸ばし、星野彩実の顔を引っかこうとした。
